離島の地域問題

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タイトル別名
  • Regional issue on the Island
  • Restructuring of the social security system and local practices
  • 社会保障制度改革とローカルな実践

抄録

<BR>I.はじめに <BR>  報告者は、2000年より甑島列島の上甑島にある旧里村(現・鹿児島県薩摩川内市)における高齢者地域ケアについてフィールドワーク調査を行っている。旧里村を調査対象地として設定した理由は、「離島における自然環境的な要因や生業(サブシステンス)がローカルな高齢者ケアの実践にどのような影響をもたらすのか」という報告者の問題関心に相応しい地域と考えたからであった。<BR>  調査を開始した2000年から現在までは、高齢者地域ケアを含む社会保障についての制度改革が進められた時期でもあった。この間の報告者の調査では、ナショナルなスケールで生じている社会保障制度改革が、旧里村というローカルなスケールでの高齢者地域ケアに影響を与え、さらに旧里村の地域コミュニティの循環にも変化をもたらしていることが明らかとなった。つまり、離島という自然環境的要因に加え、国家レベルでの福祉政策過程が、制度運用を行うエージェント、アクターの行為や選択に大きく影響を与えており、さらにローカルな地域環境をも変容させていることが明らかになってきたのである。本報告では、近年の「離島・旧里村」の地域環境の変容とそこにおける高齢者ケアの実践を巡る状況について、これまでの報告者によるフィールドワークの経験を通して紹介していく。<BR> II.制度改革が地域環境にもたらしたもの<BR>  旧里村では、高度経済成長期以降の過疎化とそれにともなう人口高齢化により、高齢者ケアへの需要が急速に高まったが、ケアの担い手不足が問題化していた。こうした問題に対し、旧里村では伝統的な互酬的相互扶助と国庫補助対象事業としての家庭奉仕員派遣事業を組み合わせた独自の高齢者ケアシステムが構築されてきた。1980年代に在宅介護事業へと展開する際にも、このケアシステムが礎となり、住民ボランティアを積極的に活用し、低コストで利用者のニーズに柔軟に対応したケアシステムが確立された。<BR>  1990年代以降は、新旧ゴールドプランによる施設整備が進み、旧里村のケアシステムは成熟期に入った。住友生命総合研究所(2005年に解散)が毎年実施していた地域介護力調査によると、旧里村は1996年から4年連続地域介護力日本一の村と評価された。しかし、2000年の介護保険制度の導入によって、成熟期にあった従来のケアシステムから介護保険制度に基づく新たなケアシステムの構築が求められた。この結果、月々の介護保険料の徴収という金銭的負担が、住民ボランティアの参加のインセンティブを低下させ、介護を通して維持されていた地域コミュニティの相互扶助のシステムや理念が崩壊の危機にさらされた。<BR> III.市町村合併とさらなる周辺化<BR>  2005年10月に旧里村は、甑島列島4村と本土側の川内市を含む9市町村と合併し、薩摩川内市となった。合併に伴い、旧里村において高齢者ケアサービスを提供する里村社会福祉協議会は、薩摩川内市社会福祉協議会に編入された。さらに、福祉関連の施設・事業所に指定管理者制度が導入されたため、今後、旧里村外あるいは島外の事業者が高齢者ケアサービスに参入してくる可能性もある。こうした事業者選択の意思決定の場は海を隔てた薩摩川内市の本庁にあるため、制度を運営するにあたり、旧里村の住民の意思やローカルなコミュニティの実態は合併以前よりも反映されにくくなっている。旧里村は離島であることに加え、合併した旧市町村内での地域の階層化に取り込まれ、これまで以上にその周辺性が重層化しているのである。<BR> IV.フィールドワークから見えること<BR>  介護保険制度の導入を機に旧里村での高齢者ケアからはローカルな場所性が失われ、市町村合併によって本土-離島、本庁-支所としての非対称な関係性が強められていっている。高齢者地域ケアをめぐるフィールドワークをとおして、離島のスケールは静態的に存在するのではなく、中心-周辺の垂直的なスケール間の関係性の中で社会経済的、政治的なプロセスに影響を受けながら変容する動態的なものであることを理解することができた。このように離島の地域環境が動態的であることに加えて、今後は、高齢者ケアは身体性や場所との関わりが密接であること、そして、ケアの現場はマルチスケールなケア規範が交差する場であるという点によりセンシティブに対応したフィールドワークが必要であると考える。

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詳細情報

  • CRID
    1390282680668453376
  • NII論文ID
    130007013894
  • DOI
    10.14866/ajg.2008s.0.274.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
    • KAKEN
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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