三陸海岸中部における山麓緩斜面と津波からの避難・移転 - その3 津波からの緊急避難先および集落移転先として

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タイトル別名
  • Temporal and permanent evacuation to the piedmont gentle slopes along the tsunami-hazardous mid-Sanriku coast, northeastern Japan

抄録

【はじめに】本発表では,津波からの避難行動としての「立ち退き避難」および集落移転先での日常生活行動を対象として,「設置された道路」の移動行動環境と避難者・生活者の体力との関係等の総合的な考察を行い,山麓緩斜面を中心とした地形単位について,「地形資源論」的に評価する。<br>【「立ち退き避難」と地形単位】「避難のしやすさ」の検証のために筆者は,山田町各地区で「立ち退き避難」実験を実施した(岩手県山田町編,2017)。この成果の中から,対象道路の縦断面を「立地する地形単位」を付記していくつか例示した(図)。「海食崖」⑰では,平均傾斜約15°で道路表面が階段となる。「山麓緩斜面」⑩⑫⑭では,平均傾斜3~6°で車通行可能な滑らかな平面となる。「平野」④⑤⑧では,平均傾斜3°未満で滑らかな平面であるが,避難所等の避難完了地点直前の区間では,「山地」「丘陵地」等となり,平均傾斜5°を超えて階段が出現する。<br> 健常な若者等の高体力者は,いずれの地形に設置された道路も通行できるが,低体力者になる程より急傾斜な地形に設置された道路を上り難くなる。特に車いす利用者の場合には,「車いす移動屋外基準1/20(2.86°)」および「段差70 cm以下を上がる場合の屋内基準1/15(3.81°)」を考慮すると,「山麓緩斜面」では補助者がいても極めて上り難く,傾斜3°未満の「平野」では移動できるが,避難所に辿り着く終盤での「山地」「丘陵地」等の急傾斜な地形では階段も出現することから上ることができなくなる。一方,急傾斜な地形では一般に移動時に「浸水高/秒」が大きくより良い時間効率で高さを得られる。「山麓緩斜面」では,健常な高齢者の体力でも移動可能であり,かつ効率よく高さを得られることから,山田湾内に面する大浦では,後期高齢者が津波の浸水に迫られながらも「立ち退き避難」を完了させた事例も報告されている。<br>【移転先での日常生活】津波災害後に集団移転が行われた事例として,山田町の船越と田の浜に注目する。両地区をほぼ最大傾斜方向で貫く道路の縦断面から(図),船越⑱と田の浜⑬の両者で,下部が「平野」で上部が「山麓緩斜面」の構成となっており,平均傾斜約3°で、船越⑱の方が若干急であるが,ほぼ同じ地形環境とみなせる。また,移転先の場所も船越が標高12m以高,田の浜が標高14m以高である。<br>  両者の大きな違いは,物流を担う交通の違いにある。地形的に複数の山麓緩斜面が南北に配置し,末端では海食崖となっている船越では,南北方向に標高をあまり変えずにほぼ水平移動できる道路をより「高い位置」に設置することができる。この地形的特性によって,少なくとも近世より現在の国道45号線付近(縦断面上で標高約20m)に街道が存在し,1936年に国鉄岩手船越駅も標高約13mの位置に開業した。この「高い位置」にある陸路中心に他地域との交流が強化されていく過程で,集落移転も行われていった。特に,1933年の昭和三陸大津波以後,津波で船を失った漁民の多くが国鉄岩手船越駅開業にともない流通やサービス業等の他の生業に就いたものと思われる。漁業を行う必要がない場合,日常生活で住民は海に下る必要がなく,船越駅周辺の中心地までの移動が日々の主となることから,高低差10m弱,距離約300m内での移動ですみ,多大な身体活動を強いられなかったものと考えられる。<br> 一方,田の浜では,地形的に山地および山麓緩斜面に囲まれた平野(!?)に集落が立地している。船越に至る海岸では山地や山麓緩斜面が海にせまりその末端が侵食されて海食崖となっており、道路は、海食崖直下の狭い低地等の海岸付近に敷設されている。このような地形的特性を持つ田の浜では,漁業が生業の中心であり,かつ陸路が未発達な時代から船舶で物資を運搬した歴史を有することから,港(標高1m弱)が物流の中心地であり続けた。そのため,津波被災後に集落移転地が標高14m以高の山麓緩斜面に造成され,当初引っ越した人々も居たが,日常生活において標高差約14m,距離500mの“無用な移動”をほぼ毎日強いられ,特に荷車での運搬作業等では不可能でないものの比較的高強度の負荷が与えられたことから,恐らく月日の移行による「災害の記憶の薄れ」と住民の高齢化による体力の低下に伴い,オープンスペースがある港周辺に作業小屋ができ,さらに母屋も建設されていったものと思われる。<br>【おわりに】集落移転の成否には,移転先での人の動き,移動手段と交通網の配置,これを規定する地形等を予め想定できるかが大いに係る。<br><参考文献>・岩手県山田町編2017『3・11 残し、語り、伝える 岩手県山田町東日本大震災の記録』.p270(印刷中),岩手県山田町発行.<br> 図 「立ち退き避難」実験の対象道路の縦断面(一部)<br>

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詳細情報

  • CRID
    1390001205694427136
  • NII論文ID
    130005635664
  • DOI
    10.14866/ajg.2017s.0_100109
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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