『中観五蘊論』に説かれる心不相応行についての考察

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  • An Analysis of the Conditioned Forces Dissociated from Thought in the <i>Madhyamakapañcaskandhaka</i>
  • An Analysis of the Conditioned Forces Dissociated from Thought in the Madhyamakapancaskandhaka

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抄録

<p>月称の『中観五蘊論』は中観派の論書でありながら諸法の体系を解説することを趣旨とする特異な小論であり,アビダルマに対する中観派の理解を伝える貴重な資料である.同論の中で行蘊の解説は大きな分量を占め,法体系の特徴が顕著に表れる箇所である.心相応行については『入阿毘達磨論』との構成の類似が指摘され,先行研究において注目を集めてきた.一方,心不相応行については未だ本格的な研究がみられない.そこで本論文では『中観五蘊論』に説かれる心不相応行について考察し,同論に説かれる十九法の中から有部が説く心不相応行として一般的な十四法以外の五法に注目して,同論がこれらの法を説く理由を明らかにする.</p><p>まずは『中観五蘊論』に説かれる十九法を示し,十四法以外の五法が依得,事得,処得の三得と縁和合と縁不和合の対概念という二種類の教理からなることを紹介する.続いて,衆賢の『順正理論』における心不相応行の解説に注目し,衆賢が和合を実体として心不相応行に含め,さらに蘊得など施設の法も心不相応行に含めていることを指摘する.そして『中観五蘊論』における三得については,このような有部の後期論書の教理を踏襲して心不相応行として説かれた可能性を指摘する.続いて縁和合と縁不和合については,有部の心不相応行における和合や不和合が僧団の和合や分裂の原因を意味する法であることを指摘し,『中観五蘊論』に説かれる因縁の集合の意味する縁和合が『順正理論』に説かれる和合とは異なる概念であると考えられることを指摘する.そして『中観五蘊論』の縁和合と縁不和合が,有部の和合と不和合よりも,瑜伽行派の法体系における和合と不和合に近い概念であることを指摘し,この二法に関しては『中観五蘊論』が瑜伽行派の法体系から影響を受けている可能性を指摘する.</p>

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