【10/4更新】2022年4月1日からのCiNii ArticlesのCiNii Researchへの統合について

Adam Schall von Bell and the Introduction of the Tychonic World System to China

この論文をさがす

抄録

1629年, 『崇禎暦書』編纂事業が開始され,その天文学上の理論的基礎としてティコ・ブラーヘの宇宙体系が採用されたことはよく知られている。しかし,それに先だって宣教師のアダム・シャール(湯若望)が1626年に編纂した『遠鏡説』を調べた結果,このなかに紹介されているガリレオの望遠鏡による発見の一つである金星の位相の変化の説明にティコの宇宙体系が用いられていることがわかった。すなわち,1610年のガリレオの天文学的な発見に基づいて,望遠鏡の意義について論じたこの小編こそ,中国にヨーロッパの科学理論の体系的な導入を実現した崇禎改暦の前段階に位置する,無視することができないものであるといえる。このことは従来の科学史家が見落としていた事実であり,敢えてここに紹介する所以である。また,やはり宣教師のテレンティウスの『測天約説』にも,ティコの宇宙体系が論じられている。この人物は,徐光啓が崇禎改暦を開始するときに西洋人の改暦顧問として暦局に採用され,その方針を決定する上で重要な役割を果たした。しかし,改暦が開始されてからの惑星運動論を展開する上で,最も重要な貢献をした人物はJ. ロ-であり,その『五緯暦指』(1635年)には,金星の位相の変化をティコの宇宙体系によって説明した完全な文章が見られるということも,敢えて指摘しておきたい。

The Tychonic system of planetary orbits was first introduced to China in 1627 in the Treatise on the Telescope, Yuan Jing Shuo, which was compiled by Adam Schall Von Bell (Tang Ruo-wang). Von Bell noted that this concept was included in one of the astronomical observations made by Galileo in 1610 in connection with his explanation of the changes in the phases of Venus. Galileo's discovery of the phases of Venus had, in fact, implied that the planet revolves around the Sun. Contrary to his claims, however, Galileo's discovery refuted only the Ptolematic system, and not the Tychonic system, which was in agreement with the phenomenon seen through the telescope. The appearance of the Tychonic system in this Chinese text demonstrates that the decision to adopt this system must have been made before the official inauguration of the Chong-zhen Astronomical Reform in 1629.

収録刊行物

被引用文献 (0)*注記

もっと見る

参考文献 (0)*注記

もっと見る

関連論文

もっと見る

関連研究データ

もっと見る

関連図書・雑誌

もっと見る

関連博士論文

もっと見る

関連プロジェクト

もっと見る

関連その他成果物

もっと見る

詳細情報

ページトップへ