ヒマラヤをめぐる環境問題

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タイトル別名
  • The environmental issues in the Himalaya
  • A case study of Manang, the northwest of Nepal
  • ネパール北西部マナンの事例

抄録

<BR>はじめに<BR>  本発表では、具体的事例としてヒマラヤにおいて生じている環境問題と称される状況を取り上げ、「地域環境」をいかに捉えうるのか検討することを目的とする。ヒマラヤをめぐる環境問題の議論は、1970年代以降に盛んになったヒマラヤの図式のように根拠不十分なまま語られてきた環境問題1)、そこで強調されてきた環境問題の原因が不適切であることを指摘する修正論2)というような流れを辿ってきた。こうした議論の流れを踏まえ、本発表では、ローカルな地域で環境問題と称され得る状況の中で生じている環境変化を、写真を示しながら紹介する。<BR> 研究対象地域概観<BR>  ネパール北西部マナン郡は、ヒマラヤ山脈の北側に位置する。南流するマルシャンディMarshangdi川沿いに最も人気の高いトレッキング・ルートのひとつであるアンナプルナ・サーキットが延び、その沿道に村が点在する。マナンを訪れる年間のトレッカー数はマナンの住民人口に相当するおよそ1万人であり、観光産業に期待を寄せている地域でもある。<BR>  マナンの80%以上が山地で占められ、その他牧草地がおよそ11%、耕地は1%に満たない3)。耕地には主に蕎麦や麦類、ジャガイモが主要作物として栽培される。最近の人口動態を見ると、1991年センサスまで減少傾向が続き5,369人にまで落ち込んだが、2001年センサスでは9,462人に急増している。但し、この人口が全てマナンで常に生活しているわけではなく、冬季をカトマンドゥ等で過ごす人が多く、また、カトマンドゥをはじめとした国内外の都市に生活拠点を持ち、外国とつながりを持ちながら生活している人も少なくない4)。したがって、マナンの社会的状況は、外部経済との関わりにおいて考える必要がある。<BR> 環境変化について<BR>  マナン村に約20年前に氷河湖(標高約3,600m)が出現した。トレッカーの増加に伴い湖岸には散策道やベンチが造られ、氷河湖でボート遊びをする為の施設が設置されたこともあったが、トレッカーに人気がなく閉鎖された。このことから、マナン村にあるこの氷河湖は現在決壊の危機に瀕している巨大氷河湖とは異なり、危機的意識をもってというより有効利用するための観光資源として認識されているといえよう。このような環境変化とその影響について具体的に紹介していく。<BR>  氷河湖の形成要因には地球温暖化の影響が指摘されている。もちろん地球温暖化のみが原因とはいえないだろうが、気温が上昇していることをローカルの人々は実感している。例えば気温上昇に伴い村の周辺で栽培される野菜の種類が増えており、環境利用に変化が生じていることが分る。<BR>  また、モレーンが崩壊する原因にも気温上昇が指摘されている。水分がなくなって土壌が脆弱になったところに、近年道路建設の過程で大きな岩盤が爆破されることで、土壌崩壊が増長されているとの報告がある。土壌崩壊は耕作放棄地の増加によっても悪化している。耕作放棄の理由に氷河の後退による水源の枯渇と村からの人口移動が挙げられる4)。その結果段々畑を維持してきた石垣は手入れされずに崩れるままとなり、地表が流出し、浸食が進み、場所によっては集落にまで土壌崩壊の危機が迫っている。<BR>  気温上昇の影響は氷河湖周辺だけでなく、マルシャンディ川沿いの標高の低い村にも影響を及ぼしている。マナン郡の南部に位置するタルTal村は2006年に三度の洪水被害に遭った。増水に加え、洪水の際に堆積した土砂が河床を上昇させ、水位が下がらず浸水したままの家屋が数軒放置されていた(2007年夏)。他方、そこにダムを建設する計画が中国の援助のもとに構想され、将来的に発電所を備えたダムが造成される可能性が出てきた。<BR> おわりに<BR>  以上の例から次のことを指摘したい。ローカルな人々の働きかけの結果である「地域環境」は、グローバルな環境変化が前提としてあり、そこに環境を利用する人々の生き方に影響を及ぼす要因として他地域・国家との諸関係が加わり、これらに規定されている。「地域環境」を捉えるには、これらの諸状況を総合的、かつ動態的な過程として捉える視点が重要といえよう。<BR><BR> 注<BR>1)石弘之 1988 『地球環境報告』岩波新書等。<BR>2)Ives, Jack D. and Messerli, Bruno 1989 The Himalayan Dilemma Reconciling development and conservation, The United Nations University, Routledge, London. 小野有五 1990 ヒマラヤの“ディレンマ”をめぐって『地理』35-1, 74-81等 <BR>3)Annapurna Conservation Area Project所蔵資料(2001年現在)<BR>4)Chapagain, Prem Sagar n.d. Land Abandonment and Agriculture in Upper Manang Valley: A Study of Changing Processes and its meaning (a draft of Ph.D. Dissertation to Tribhuvan University, Nepal)

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205691736576
  • NII論文ID
    130007013881
  • DOI
    10.14866/ajg.2008s.0.273.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
    • KAKEN
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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