帝国キネマ演芸から見る20世紀初頭の日本映画産業の様相
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- 笹川 慶子
- 研究代表者
- 関西大学
研究課題情報
- 体系的番号
- JP15K02207
- 助成事業
- 科学研究費助成事業
- 資金配分機関情報
- 日本学術振興会(JSPS)
- 研究課題/領域番号
- 15K02207
- 研究種目
- 基盤研究(C)
- 配分区分
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- 基金
- 審査区分/研究分野
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- 人文社会系 > 人文学 > 芸術学 > 芸術一般
- 研究機関
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- 関西大学
- 研究期間 (年度)
- 2015-04-01 〜 2019-03-31
- 研究課題ステータス
- 完了
- 配分額*注記
- 1,950,000 円 (直接経費: 1,500,000 円 間接経費: 450,000 円)
研究概要
本研究の目的は天然色活動写真株式会社大阪支店(以下、天活大阪)および、その後身である帝国キネマ演芸株式会社(以下、帝キネ)の活動を調査し、日本映画産業史に大阪を位置づけるとともに、帝国日本の映画産業をより包括的より多層的に捉え直すことである。具体的には西日本の重要な映画配給拠点だった大阪と九州、植民地の朝鮮や台湾などでの天活大阪および帝キネの活動を調査分析する。それによって大阪映画産業と西日本そして植民地市場との関係性を明らかにするとともに、帝国日本の映画産業をグローバルな視点から見直す。
従来の日本映画史は草創期の映画配給史をほとんど論じず、たとえ論じても東京中心の叙述にすぎなかった。本研究は天活大阪支店およびその後身の帝国キネマ演芸の映画配給網を調査することで、従来とは異なる事実を明らかにした。例えば九州そして台湾、朝鮮には大阪から映画(ときには弁士も)が配給されていたこと。九州は大阪映画産業の成長に大きな役割を果たしていたこと。また映画供給システム確立時期の違いから、台湾では国産映画製作がなかなか育たなかったのに対し、朝鮮では朝鮮人との間に競争や葛藤が起こっていたこと、などがわかった。