ヘイトスピーチに対する法的な対抗策として近時、裁判所による差止めが注目されつつあるところ、差止めには、ひとたび命令が発給されれば将来の被害発生を未然に防止できる可能性が高まる点や、不法行為に基づく損害賠償請求と同様に被害者がヘイトスピーチの違法性判断を裁判所に直接求め得る点等の特長がある。裁判所による差止めは、表現に対する事前抑制の典型と目されてきたが、ヘイトデモに対する差止め命令と事前抑制禁止の法理との関係性は従来深く検討されてこなかった。この点、差止命令に先立って、被告・債権者の過去の同種行為の違法性について裁判所が評価を与えているか否かが結論を分ける重要な要素となるものと考えられる。
近年、ヘイトデモの実施が具体的に予見されるケースで、裁判所による差止めが認められる例が現れつつある。ヘイトスピーチ被害の深刻さを考えるとき、差止命令によって被害の未然防止が実現するのは歓迎すべきことのように思えるが、このさき仮に、差止めが安易に認められたり、広範な差止めが命じられたりするような事態が生じれば、表現の自由は危うい。被害救済と表現の自由の適切な保護とのバランスを図る必要がある。かかる観点から本研究は、差止めを認め得る条件等について、日米の判例学説を手掛かりに理論的な検討を行った。本テーマは現在進行中の課題であって、法実務に対しても一定の示唆を与え得るものと考えている。