宋元王朝交替期にあっては、宋王朝に対する忠節を持して新たな王朝に仕えず、「遺民(=身を寄せるべき王朝を失い、あとに残された民)」として生きることを選択した人々が多数存在した。南宋末の文天祥(1236-1283)は、その代表的存在である。 先行研究においては、遺民は愛国詩人としてステレオタイプ化されてきた。だが実際には、王朝滅亡の現実に直面した彼らは、死への恐怖や、家族との別れに対する悲しみ、親孝行を全うできないことへの罪悪感など、一個の人間としての様々な心の揺れや葛藤を詩に表現している。本研究はこのような側面に焦点を当てながら、南宋末における愛国の形成過程を明らかにする。