不法行為法における「胎児の被害法益」 : わが国および英法系諸国の問題状況概観(その三)〔承前〕

書誌事項

タイトル別名
  • 不法行為法における「胎児の被害法益」--わが国および英法系諸国の問題状況概観-3-
  • フホウ コウイホウ ニ オケル タイジ ノ ヒガイ ホウエキ ワガクニ オヨビ
  • HOW IS THE LAW OF TORT AS TO "THE UNBORN CHILD"? : To What Extent have been the Legal Interest of the Injured' Children en ventre sa mere recongnised in Japanese Law Jurisdiction and in Common Law Jurisdiction?-(III)

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抄録

マンズ対カーロン事件(Manns v. Carlon〔1940〕V.L.R. 280~285)は、その事実関係も終局的結論もさほど分明ではない。けれども、オーストラリアの裁判所に於て、未出生子の母胎内被害訴権が問擬されたのは、本件をもっておそらく嚆矢としてよいと思われる。事案は、一九三九年中ないし四〇年初頭に、ヴィクトリア州内で起ったある交通事故(a traffic accident-おそらく自動車事故)により、いわゆる内縁の夫を殺された、一九才(2)の妊婦、クリスチーチ・グレイス・マンズChrisitna Grace Mannsならびに彼女の胎内にある七ヶ月の胎児を原告とし、右事故の加害者とされた、ケネス・カーロンKenneth Carlonならびにその使用者E・T・ブラウソ会社E.T. Brown Limited(おそらく、自動車保有者)を被告として、損害賠償(damages)を訴求したケースである。本訴が、「一九二八年・不法行為法Wrongs Act 1928」の第三章の規定に基づく訴訟であることは、判決の記述によって明らかであるが、右法規が、ヴィクトリア州の制定法であるのか、また、全体が如何なる内容のものであるのかなどは詳かでない。本訴が「生命を害された者の妻、夫、父母および子の利益のためのfor the benefit of the wife, husband, parent or child of the person killed」訴権を認めた条項(3)を根拠として提起されたものであること、および右不法行為法の条項にいう「子child」の概念の外延に、まさに本件の場合のような「非嫡出子illegitimate children」が包摂さるべきか否かが争点となったことだけは確かである。ワット対ラーマ事件(Watt v. Rama〔1972〕V.R. 353~382)は、その事実関係は簡明であるが、その終局的結論は分明でない。それは本件が「法的争点についての予備決定(Preliminary determination of law)」(中間判決)に付され、いわゆる終局判決になっていないからである。本件は、被告ハリル・ラーマ(Halil Rama-以下、Y氏と略記)に対して、その過失(negligence)で惹起された自動車事故により、「脳障害brain damage」および「癲癇(てんかん)epilepsy」の侵害を被った状態でこの世に生を亨けた原告シルヴィア・ワット(Sylvia Watt-一九六八年一月四日生、未成者者。以下X_1娘と略記)がこの侵害による損害の賠償を訴求し、かつまた、X_1娘のかかる身体侵害を治療させるべく出費して、「損失・出捐the loss and expense」を負った父、原告アレキサンダー・エイトキン・ワット(Alexander Aitken Watt-X_1娘の父、共同原告。以下、X_2父と略記)がこの損失の回復recoverを訴求したという事案に関する。右自動車事故がおきたのは一九六七年五月一五日であり、Y氏の運転する車がX_1娘の母、訴外シルヴィア・アリス・ワット(Sylvia Alice Watt-(以下、A母と略記)の運転する車と衝突した。右衝突はY氏の過失に起因するものであり、この結果、A母は「四肢麻痺a quadriplegic」になった。そして、叙上の衝突のあった時期に、叙上のA母が実は妊娠しており、この事故の約八ヵ月後の一九六二年一月四日に、原告X_1娘を分娩したが、その日からすでにX_1娘は「脳障害と癲癇brain damage and epilepsy」を病んでいたのであった。これに対し、被告Y氏は、まず本件衝突の事実を認め、次に、A母の胎内にあった原告X_1娘に対して、Y氏が注意義務を負っていたとする点は争うとしながらも、もし万が一、彼がかかる注意義務を負っていたとするならば、彼に過失があったことになるということは認め、また、本件衝突の結果、原告X_1娘の母(即ちA母)を「四肢麻痺」にしてしまったこと、A母が右衝突時に妊娠中だったので、その後一九六八年一月四日に、原告が出生したことなどは、これを認めて争わなかった。しかし、被告は、原告X_1娘が、「脳障害と癲癇」を具なえて産まれたことは不知であるとし、また、この原告の被害が、原告のいう処の被告の過失(the negligence alleged)に起因するものであったという点は否認して争った。さらにまた、被告が原告の母を侵害したその瞬間には、その女性が妊娠中であったという事実を知らなかった、ということで、次の二つの抗弁を提出し、その先決を求める。すなわち、(被告側抗弁書・第九項)「申立てられた請求の趣旨は、法律上不適法のものであり、本件衝突事故当時に未出生である未成年者原告に対しては、被告において何らの注意義務をも負わないのであるから、原告の主張は被告に対するいかなる訴訟原因をも陳明していることにならない。また被告は、この未成年者原告に対し、その母を侵害することなかるべき、何らの義務も負うものではなく、本件未成年者原告によって回復を求められている損害賠償(damages)は、法律上遠隔にすぎ、法的因果関係の範囲外のものである。」(被告側抗弁書・第十項)「申立てられた請求の趣旨は、法律上不適法のものであり、本件衝突事故当時に未出生である未成年者原告に対しては、被告において、未出生である原告を侵害することなかるべき、何らの義務も負うものではなく、原告アレキサンダー・エイトキン・ワット〔原告の父〕によって回復を求められている損害(damage)は、法律上遠隔にすぎ、法的因果関係の範囲外のものである。(Para.9)"the said claim is bad in law and the allegations disclose no cause of action against him on the grounds that at the time of the collision the defendant owed no duty of care to the infant plaintiff who was then unborn; and he owed the infant plaintiff no duty not to injure her mother; and the damages sought to be recovered by the infant plaintiff are in law too remote," (ibid. p.354)(Para.10)" the said claim is bad in law and the allegations disclose no cause of action against him on the grounds that at the time of the collision the defendant owed no duty to the said plaintiff not to injure the infant plaintiff who was then unborn; and the damage sought to be recovered by the plaintiff Alexander Aitken Watt is in law too remote."(ibid. p.354)」と。被告側は、裁判所に対し、一九七一年八月五日、叙上二点の法律上の論点(the points of law)につき、本件の事実審理に先んじて審按、先決する手続に入る決定をするか、又は、そういかないのであれば、右原告の訴状を、何ら正当な訴訟原因を陳明せるものに非ずとの理由で、削除せしめる旨の決定を求める回付召喚状(summons returnable)を発行した。裁判所側は、若干の曲折はあったが、一九七一年八月一〇日、叙上の法律問題について、事実審理前に、大法廷(Full Court)を開いて予備決定の手続に入る旨の決定を出した。大法廷を構成したのは、ウィネッケWinneke,ペイプPape,ジラードGillardの三判事であった。

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