中国都市型農業の経済構造とその課題(上) : 上海郊外農村の貧困と兼業化

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タイトル別名
  • チュウゴク トシガタ ノウギョウ ノ ケイザイ コウゾウ ト ソノ カダイ ジョウ シャンハイ コウガイ ノウソン ノ ヒンコン ト ケンギョウカ
  • On Economic Structures and Their Problems of Urban Agriculture in Shanghai, China (I)

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抄録

本稿は、「上海農村総合研究プロジェクト」の一環として、平成13年度~平成15年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(B)(1)、海外学術調査、課題番号13572022、代表・石田浩)を得て、「改革開放期における中国農村の社会経済変化と今後の発展可能性についての総合的研究-上海農村を事例として-」というテーマで、上海近郊農村で行った実態調査に基づく。本科研プロジェクトは過去2年間にわたり、上海郊外農村の奉賢区Q鎮T村と同B村、宝山区Y鎮S村、南匯区D鎮C村、四川省成都郊外での農家調査、珠江デルタ(深川・東莞)や長江デルタ(昆山・蘇州・呉江・松江等の経済開発区や輸出加工区)の外資系企業調査を実施してきた。本稿は、南匯区D鎮C村で行った農村調査に基づき、上海郊外農村経済の実態を分析するものである。D鎮C村は大都市上海近郊に位置することから、1970年代に農地が工業用地や住宅地に収用され、農民は優先的に郷鎮企業に職を配分されて早期に離農が進んだ。つまり、上海農民は零細農業を放棄して農外産業に就労することで、現金収入を得て、安定した生活を営むことができた。それゆえ、上海農業は都市型農業の先進モデルとなるのではないかと考えられてきたが、調査の結果は必ずしもそうではなかった。上海郊外農村は改革開放前の1970年代から農村工業が発展し、改革開放後の1980年代に入ると郷鎮企業は飛躍的に発展し農家経済は潤った。ところが、1990年代に入ると鎮営や村営の農村工業は競争に敗れ、郷鎮企業は倒産したり、個人に売却されたりして、工場に働く農民の多くは解雇された。ところが、解雇された農民は学歴や年齢・技術等の条件により再就職が困難であり、また雇用条件が悪くても労働意欲のある若者が内陸農村から大量に押しかけ、零細農業に回帰せざるを得ず、近年に至っては貧困問題を抱えるようになった。本稿では、上海近郊農村におけるこの三農(農業・農村・農民)問題を考察する。

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