Hundian and Suwu : A Fresh Look at the Emergence of Funan

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抄録

扶南建国説話の主人公混填がインド出身であるとの説を否定しさることは難しいとしても, その出身地を東南アジアとみる説の蓋然性が高いということができる。また蘇物のインド往来のありさまによって, 3世紀はじめころの扶南はインドとの関係が希薄であったことがわかる。とすれば, 扶南という東南アジアにおける初期国家の形成, およびこれが3世紀当時東南アジア交易ネットワークの中心に位置したことは, インドの直接的な影響によるのではなく, 東南アジア自体における何らかの動きの結果によるものと考えるべきである。すなわちインド文明との接触の結果として東南アジアに国家が形成されたという意味での「インド化」論は根拠をもたないのである。

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KJ00006141347

論文

Article

収録刊行物

  • 国際文化論集

    国際文化論集 (41), 187-202, 2009-12-22

    和泉 : 桃山学院大学総合研究所

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