自然主義的道徳的実在論と近年の社会心理学における知見について

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  • Naturalistic Moral Realism and the Recent Empirical Findings from Social Psychology

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抄録

近年,経験科学で得られた知見を活用して伝統的に論じられてきた哲学的諸問題に関して新たな考察を示そうとする動向が多く見られ,その傾向性は高まってきている.「実験哲学(experimental philosophy)」と呼ばれる近年の動きはその一例である.一方で,悪さ,正しさ,勇敢さといった道徳的性質(moral property)は経験的方法によって探求することができ,これら道徳的性質は他の自然科学で探求されている自然的性質と同じような仕方で存在しているとする「自然主義的道徳的実在論(naturalistic moral realism)」と呼ばれる立場が現代メタ倫理学において見込みのある立場として提唱され,様々に議論されている.一見すると,この立場は近年の哲学における動向と相性がよいように見える.というのも,自然主義的道徳的実在論が主張していることは,道徳に関する知識が観察や経験に基づいたア・ポステリオリなものであるということであり,そのような知識を得るためには関係する諸科学において得られる道徳に関する経験的知見が必要だということになるように思えるからだ.ところが,自然主義的道徳的実在論の擁護のための論証に詳細な検討を加えてみると,経験科学において得られた道徳判断に関する知見がこの立場に対して必ずしも好意的でない可能性が浮上してくる.近年の道徳判断に関する経験科学における研究としては,Jonathan Haidt による研究が有名だが,Haidt によると道徳判断は伝統的に想定されていたような理性的なものではなく,判断を下す者の直感的な反応に拠っているものであり,理性は本来考えられていたような道徳的真理を発見するためのものではないとされる.このような見解は,自然主義的道徳的実在論の擁護を目指す者にとって,厄介な問題になり得る.というのも,この立場を擁護するための論証の前提の1つに,道徳における探求は科学における探求と類似するものであり,一種の理性的な営みであるとの考えがあるからだ.この考えは社会心理学で示されている知見と衝突するように見える.もし自然主義的道徳的実在論と近年の社会心理学において得られた知見が衝突するということになると,後者は前者に対する経験的な反論になり得る.本稿ではこの問題について考察し,自然主義的道徳的実在論の擁護を目指す論者がどのようにこの衝突を回避することができるのか,検討していく.

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