コーカサス紀行 - 文明と民族の十字路を行く - 2010 年7 月31 日~ 8 月8 日

この論文をさがす

抄録

type:Article

黒海とカスピ海に挟まれ、コーカサス山脈の南、イランとトルコの北側に位置するコーカサス(ロシアではカフカス)はイラン~中央アジア~中国へと通じるユーラシア大陸の東西交渉の幹線ルートである「絹の道」(シルクロード)の一部を構成するとともに、コーカサス山脈を越えて北上すれば、モンゴルからカザフ草原~カスピ海北岸~ウクライナ~ハンガリーへとつながる「草原の道」(ステップルート)にも接続する南北連絡路にも位置する、まさに「世界史の十字路」と言うべき性格をもつ地域である。(文末の略地図を参照されたい)しかし、同時にこの地域を取り巻く隣接諸大国(古くはペルシャ帝国、ローマ帝国、ビザンティン帝国、近世以降はオスマン帝国、ロシア帝国やサファヴィー朝ペルシャなど)の争奪の標的となり、古くから侵略を繰り返し受けてきた。平原が少ないことや山岳性の地形の影響もあり、安定した広大な領域をもつ国家を形成することがなかなか困難な地域でもあった。そのため、民族構成や言語構成が複雑であり、従って、その包括的歴史理解も困難である。この困難を打破するには、まずは現地に足を運んで、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の頭で考えるしかない。そう考えて、2009 年3月のマグリブ・サハラへの旅が終わった直後から準備を始めた。

収録刊行物

  • 研究紀要

    研究紀要 43 41-60, 2010-12-22

    大阪教育大学附属高等学校池田校舎

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ