中国における日系企業の立地戦略の変化と影響要因

抄録

改革・開放」以降の過去30数年間に,中国の投資環境には,様々な変化が起きた。こうした変化に伴って,中国に進出する日系企業の立地戦略(即ち立地選択行動)はどのように変化してきたのか?本研究は,中国における日系製造業企業の立地戦略の変化に着目して,1992年以前,1993~2002年,2003~2011年の3つの時期の産業別製造業企業の進出先分布を考察し,その立地戦略の変化の影響要因を分析するものである。主な分析結果は次のように要約できる。 ①1992年以前では,中国に進出した日系企業の主な進出先は遼寧省をはじめとする一部の沿海地域であり,「日 本との伝統的な関係」(東北ダミー)や「日本との距離」(東部沿海ダミー)要因は,日系企業の立地選択の重要な影響要因であった。ただし,1993年以降,中国の対外開放の拡大と日中交流の増加に伴い,「日本との伝統的な関係」要因の重要性が大きく低下したとともに,「日本との距離」要因の重要性も減少している。 ②1993~2002年の期間では,中国経済の急成長と所得水準の上昇を背景に,中国に進出する日系製造業企業の市場戦略は,輸出指向型から輸出指向型と現地市場指向型の混在へ徐々に転換している。これに伴い,上海など経済中心都市への企業進出数が急増し,市場ポテンシャルを示す「地域所得水準」要因による企業立地選択へのプラスの影響が顕著に増大した。一方「土地使用代水準」要因のマイナスの影響も顕著となった。 ③2003~2011年の期間では,上海・北京など主要大都市における不動産価格の高騰の影響で,日系製造業企業が主要大都市よりもその周辺地域への立地を選好するようになった。このため,日系企業の立地選択において,「地域所得水準」は依然として重要な影響要因であるが,前の時期(1993~2002年)に比べ,そのプラスの影響が幾分弱くなった。 ④3時期のいずれにおいても,FDI累計額で示す「外資系企業集積度」は,2概して日系企業の立地にプラスかつ統計的に有意な影響を与えている。ただし,他の要因と同様,その影響の産業間差異が存在する。中間投入財の種類が相対的に少ない食料品製造業などと比べ,電気,機械,化学,繊維などの業種の企業立地において,「外資系企業集積度」要因による影響がより顕著である。 本研究で解明された日系企業の立地戦略の変化要因および最近の中国の投資環境の変化を踏まえて,中国進出を考えている日本企業(特に地元九州の企業)に対して,次のように提言したい。 ①海外直接投資は,投資企業が進出先の企業にない所有特殊的優位性があり,その優位性を外部市場で取引せずに内部化するほうが有利であり,進出先に本国にはない優位性があると判断したときに行われる企業活動である。現在の中国は,先進国の大手企業や人脈ネットワークの優位性を持つ華人系企業をはじめとする世界各国の企業が激しく競争している「激戦区」となっているので,中小企業を中心とする九州の製造業企業は,海外進出を考える際,自社の優位性を確認したうえで行動すべきである。 ②中国は地域格差の著しい大国であり,各地の投資環境の差異も大きい。中国進出を考える際に,投資目的に沿って各地の地域特性・投資環境を慎重に分析したうえで進出先を選択する必要がある。 ③中国における労働コストの上昇・輸出奨励政策の調整および国内市場の拡大など全体のトレンドを考えると,中国進出企業の市場戦略は,徐々に現地市場指向へ転換していく必要がある。大都市を中心とする主要経済圏への立地を重視するとともに,中国市場を開拓するために現地事情に精通する専門人材を雇用する必要性が益々増大するので,いままでとは異なる企業組織や人事戦略を構築しなければならない。 ④中国の外資優遇政策は,経済発展段階と内外経済情勢の変化に応じて調整していくものであり,政策の変化によって投資環境は大きく変わる可能性がある。今後,変化に対して対応策を常に準備しておくとともに,優遇政策に頼らずに現地企業と対等に競争する覚悟も必要である。 ⑤歴史問題や領土問題に起因する日中関係の緊張化局面は,いずれ改善されるであろうが,政治リスクが存在している以上,必要な対策を準備すべきである。新規進出企業にとって,しばらくの間は,リスク回避の視点から見ても,日系企業または外資系企業の集積地域に立地したほうが安全である。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1050001337843700096
  • NII論文ID
    120005673960
  • Web Site
    https://agi.repo.nii.ac.jp/records/71
  • 本文言語コード
    ja
  • 資料種別
    journal article
  • データソース種別
    • IRDB
    • CiNii Articles

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