Paradise lostの5つの様態 : 特に第5様態について

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  • Paradise Lost ノ 5ツ ノ ヨウタイ トクニ ダイ5 ヨウタイ ニ ツイテ

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抄録

この論文を発表するのに、大きく3つの意義がある。その1は、ミルトンの芸術理論の実践的有効性を示すものとして、その2つは、T.S.エリオットのいわゆるミルトンの「死んだ言葉」 (dead language) を生き返らせたものとして、その3は、芸術の伝達媒体の間の交流が可能になったことを示すものとしてである。まず、筆者は以前にミルトンの芸術の理論的研究において、副次創造の原理を述べた。(1)この論文はその理論的実践の有効性を示すものとして意義がある。即ち、一者芸術理論における、一者論的創造過程の中の、外部一者的創造で、APLは第二次芸術的人格となる。次に、現代の芸術歴史学の世界的権威ダニエル・プアーステインは次のように述べている、「T.S.エリオットは、ミルトンをその感性が盲目によって鈍くなり、書物の知識によって萎え、英語を死んだ言語のように書いた者として攻撃した。そして、プアーステイン自身の見解として次のように述べている、「しかし、その言葉を生き返らせるためにより多くのことを行ったものはほとんどいない。」しかし、本研究は、ミルトンの英語を解体・溶解して新しい創造をなすことの可能性を見た。プアーステインがこのような、未開拓地を切り聞こうとする者には大変有り難いコメントをしてくれたことは本研究の独自性の反証にもなる。第3として言語芸術の音楽芸術への変換は、現代科学の発達によって、他の芸術のその可能性をも示している。たとえば、絵を音楽にする。これはある絵を見て、作曲するのではない。まさに、APLのような手法が取られている。筆者らがかつて、イスラエルのある芸術大学を訪問したとき、見聞したことであるが、目でみる自然の姿をそのままパソコンソプトで音楽変換する試みがカナダの音楽家によってなされていた。今考えると、とてつもない試みである。現在はそのような時代になってきたのであろう。本研究はその先駆けとしでの意味があろう。筆者は、Paradise Lostの5様態は、1)英語(翻訳語も含める)テキストとしての様態、2)純粋音としての様態、3)コンビューター・ミュージックとしての様態、4)映像付きコンビューター・ミュージックとしての様態、5)副次創造としての様態である。2)から5)、特に3) の様態によって、T.S. Eliotのいわゆるミルトンの「死んだ言語J (dead language) が生きるものになった。本論においては、特に、第五様態の紹介に焦点を当てる。本論文は、失楽圏第l巻を例にして、それぞれの具体的様態を表示する。これによって言語芸術が、言語を越えた芸術(“Over-"lingual Art) になるかがわかると思う。ミルトン研究において、さらに重要なことは、各作品様態の独立の様態を認めながらも、なお作者ジョン・ミルトンの作品の意図“To Justify the way of God to men"を尊重することである。

ミルトン

ミルトンの芸術理論

Paradise Lostの5様態

"“Over-""lingual Art"

identifier:BO008800003804

収録刊行物

  • 文学部論集

    文学部論集 88 159-176, 2004-03-01

    佛教大学文学部

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