「美しい目の視線は遠い、遠い所に」―森鷗外「安井夫人」とドイツ・ロマン主義

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タイトル別名
  • Ogai Mori “Yasui Fujin” and Romanticism
  • ウツクシイメ ノ シセン ワ トオイ 、 トオイ トコロ ニ : モリオウガイ 「 ヤスイ フジン 」 ト ドイツ ・ ロマン シュギ

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抄録

本稿は、森鷗外の歴史小説「安井夫人」を、鷗外のドイツ・ロマン主義への取り組みとその影響という観点から分析するものである。「安井夫人」には、江戸の儒学者安井息軒とその妻佐代の歴史が描かれるが、そこには夫婦の歩んだ生涯の詳細な説明はなされない。むしろ佐代の死後、語り手が唐突に佐代への見解を読者に投げかけることから、本作には自らの意思によって結婚相手を選ぶ佐代の献身的な「愛」が描かれていると捉えることができる。本稿では、「安井夫人」は質素倹約である理想的な夫婦の「愛」が描かれた物語であるとした。そのうえで、「安井夫人」に描かれる「愛」には、鷗外が早くに受容していたドイツ・ロマン主義の影響が見られることを指摘した。とりわけ「愛」の概念を巡って参照したのは、F・シュレーゲルの「神話」を巡る議論である。「理性」によって失われた「芸術」を取り戻す運動として起こったドイツ・ロマン主義にとって、「新しい神話」の創出は重要な使命であった。そのことを踏まえ、ドイツ・ロマン主義者たちが抱えていた使命を、自由主義神学普及福音教会牧師であった赤司繁太郎が正確に押さえていた事実を確認し、鷗外との関心の共有を指摘した。以上の分析より、理想的な「愛」を描く「安井夫人」は、過去の歴史を新たな「神話」として描き出した作品であると結論づけた。

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