移動と漂流史料における民族の接触と文化類縁関係 -与那国島と台湾-

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タイトル別名
  • Ethnic Contact and Cultural Affinity as Seen in the Historical Documents Concerning Population Drifting and Movements:The Case of Yonaguni and Taiwan
  • イドウ ト ヒョウリュウ シリョウ ニ オケル ミンゾク ノ セッショク ト ブンカ ルイエン カンケイ : ヨナグニジマ ト タイワン

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抄録

本稿は人々の漂流と移動に関する3篇の史料から、15世紀末~19世紀初頭における沖縄の八重山群島と台湾の間にあったと思われる民族の接触と文化類縁関係について検討することを目的としている。まず、一篇は朝鮮の済州島民が与那国島から八重山群島に漂流した時の見聞の記録について、筆者は生活技術、社会制度と農耕文化において台湾東海岸の民族との類似性を確認した。二つ目の史料である八重山群島の編年史の記録のなかに17~18世紀初頭、八重山群島と台湾の渡航は比較的平和で、台湾は逃亡者や漂流者にとって安住の地であったと筆者は考えた。三つ目の史料から八重山の当局は「唐船」の密輸を取り締まる規程のなかに、宣教師の密航やキリスト教物品の密輸の取り締まりの対象に台湾から来た船が指定されており、ここから当時の双方の緊張した関係が推察できる。台湾東方の島々の間には目的を持たない漂流あるいは目的を持った人の移動があり、様々な国境を越えた社会的、文化的交流があったと結論付けることができ、今後、環東台湾海の島嶼民族史を再構築することは重要な研究課題となってくる。

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