新しい「ピューリタン」像について

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  • アタラシイ 「 ピューリタン 」 ゾウ ニ ツイテ
  • On the new view of ‘Puritans’

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かつての歴史学においては、「ピューリタン」は近代化と民主主義の担い手として研究された。しかし、現在のポスト修正主義の歴史学においては、「ピューリタン」は歴史的個体ではなく、時代状況によって変質し変形する概念として捉えられる。「ピューリタン」というあだ名は、エリザベス女王の統治期に始まる。当時のイングランド教会の聖職者の大部分はカルヴァン主義者であったが、カルヴァン主義者の中でも行動様式や思想傾向が熱心で激しい人々が「ピューリタン」と呼ばれた。宗教信仰をめぐる16世紀末以後の国際的緊張の高まりを背景として、チャールズ1世統治期のロード体制への反撥が多くのカルヴァン主義者を反体制運動に駆り立て、大主教W・ロードはすべての反体制派聖職者を「ピューリタン」と呼んだ。さらに1630年代には「ピューリタン」運動の内部でセクト主義者と律法無用主義者が成長してくる。内乱はこのような思想状況を前提として展開した。

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