Ian McEwanのAtonementにおけるタリス邸―継承・楽園・贖罪の意味―

抄録

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1935年サリーの新興荘園タリス邸の次女ブライオニーの子ども部屋の場面から始まるこの小説では,姉妹が邸宅の前庭に寝転んでいる情景が,ヘリテージ作品や映画に登場する姉妹関係の再来を予感させる。しかし,物語にも映像にも当の邸の主人は不在で,考慮されるべき邸の継承や邸宅の長女セシリアと使用人ロビーの恋愛による階級再編といった問題には関心が払われない。ヘリテージ作品の雰囲気は十分に醸し出しながらも,その異質性から一種のヘリテージ作品批判になっているということを確認したい。興味深いことに,この物理的にも精神的にも一貫性のない邸宅は,それにもかかわらずブライオニーにとっては守られた子ども時代という楽園を,セシリアとロビーにとってはふたりの愛情を唯一確認できたという楽園を象徴しているために,この邸を出て行かざるをえなくなった各々にとって逆に存在感が増している。このような観点から三者にとってのタリス邸の意味について分析を行う。 「贖罪」という極めて宗教的な意味を持つタイトルが示す問題は,ブライオニー個人の罪の償いを示すだけではなく,小説家の贖罪という問題にすり替わってしまうが,セシリアとロビーにも償うべき罪があるとすればそれはどのようなことか,についても考察する。

収録刊行物

  • 人文研紀要

    人文研紀要 82 75-93, 2015-10-30

    中央大学人文科学研究所

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