近世武蔵国における新義真言宗寺院の無住化

書誌事項

タイトル別名
  • Absence of a Resident Priest of Shingi-Shingon sect Temples in Musashi Province in Early Modern Japan
  • キンセイ ムサシノクニ ニ オケル シンギ シンゴンシュウ ジイン ノ ムスミカ
  • キンセイ ムサシコク ニオケル シンギ シンゴンシュウ ジイン ノ ムジュウカ

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抄録

本論では、寺院経営史研究の立場から、近世武蔵国に展開する新義真言宗寺院に関し、埼玉県立文書館に寄託されている「明星院文書」を利用して、その無住化過程の把握と要因について分析を加えた。近世中期の寛延三年(一七五〇)年時点において、ほぼすべてが現住であった明星院配下の寺院は、天明七(一七八七)年には、現住率が六割強にまで低下し、以後史料上で確認することができる明治三(一八七〇)年まで、寺院の無住化が常態化する。本論ではこうした現象について、寺檀制度との関連を視野に入れつつ、この時代の寺院を「葬祭寺院」と「祈禱寺院」に分けることで、すべての寺院に無住化がみられるのではなく、主として「祈禱寺院」にそうした現象が顕在化することを析出した。併せて寺院の無住化が表出する背景として、先住がつくった「寺附」の借財を後住が清算することを求められていたことがその要因であったことを指摘するとともに、それ以外にも後住が金銭負担を強いられていた事例を紹介することで、住持の円滑な再生産が阻害されていたことを明らかにした。

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