二・二六事件を女性視点で描く : 武田泰淳『貴族の階段』

書誌事項

タイトル別名
  • Depicting February 26th Incident from a Female Perspective : Taijun Takeda’s Aristocratic Stairs
  • ニ ・ ニロク ジケン オ ジョセイ シテン デ エガク : タケダ タイジュン 『 キゾク ノ カイダン 』

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抄録

二・二六事件は,通常,公的領域における「男たちの物語」として語られる。二・二六事件を素材とする小説や映画には決起者の妻や恋人に焦点化する作品もあるが,決起する「男たちの物語」を補完するメロドラマに帰着しがちである。本論文は,武田泰淳の長編小説『貴族の階段』が二・二六事件を女性視点から批判的に描いた作品であることを論証しようとするものである。『貴族の階段』では,二・二六事件の襲撃対象である政治家の娘であり決起者の妹でもある氷見子を語り手としつつ,女性視点で二・二六事件を相対化する。男性による暴力的な行為や大義のために死に急ぐ姿勢が男らしさのイデオロギーと不可分であることを示唆する一方,男性集団におけるホモソーシャルな関係を女性同士の関係と重ね合わせてパロディ化する。他方で,「男たちの物語」の描き方にも独自性が見られる。二・二六事件は決起将校を中心に描かれることが多いが,『貴族の階段』では,決起将校よりも,荒木貞夫,近衛文麿,西園寺公望らをモデルとする大物政治家に力点がおかれる。政治家・軍上層部による決起将校の暴力への便乗,機会主義的な政治的立場の転換,公家の権威の利用などに目を向け,従来の日本文学が回避してきた「政治家の悪」を描くことが試みられている。

収録刊行物

  • 法学新報

    法学新報 128 (7-8), 1-28, 2022-02-28

    法学新報編集委員会

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