リン脂質過酸化物の生物有機化学的合成

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  • Chemoenzymatic synthesis of phospholipid hydroperoxides

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抄録

健康正常人の血液などの組織中にはリン脂質過酸化物が極微量で存在し、疾病や老化によってその濃度が顕著に上昇する事が知られている。その事が明らかにされた当初は、極めて複雑な混合物をなす生体脂質中に含まれる不安定な極微量の過酸化脂質を単離・構造決定する事は殆ど不可能と考えられていた。現在もなお、そのような脂質過酸化物を生体組織から純粋に取り出し、構造決定したという報告は無い。従ってそのような分子種の化学的・生理学的性質は不明であったが、脂肪酸過酸化物が毒性を示す事から、リン脂質過酸化物もおそらく毒性を示すだろうと考えられてきた。このような漠然とした推定を科学的に明らかにするためには、化学合成によらざるを得ない。我々はこの未知の合成に取りかかった。しかし、従来の化学的手法のみでは不可能である事も明らかであった。その中で予想された困難の一つは極めて不安定なヒドロペルオキシ基を不飽和脂肪酸のある特定の位置にどのように導入するかという問題と、ヒドロペルオキシ基に影響を与える事なく合成中間体をどのように化学変換するかであった。第一の問題に対する解決策として、不飽和脂肪酸に大豆リポキシゲナーゼを作用させる事で解決する事ができた。植物に広く分布する酵素であるリポキシゲナーゼは植物中でリノール酸に作用して過酸化し、その生成物にヒドロペルオキシドリアーゼという酵素が作用して種々のアルデヒドが精製し、これは植物の青臭みを与える。第二の問題に対しては、リノール酸に導入された不安定なヒドロペルオキシ基をパーアセタールとしての保護する事により解決した。この保護基は、中間体から最終生成物に至るまでの反応条件、例えばDCCによるアシル化反応に対して安定である事が明らかとなった。この二つの問題を解決する事によって、リン脂質過酸化物の一つであるホスファチジルコリン過酸化物を世界に先駆けて成功した。さらにこのホスファチジルコリン過酸化物に微生物由来のホスフォリパーゼDを作用させる事によってホスファチジルエタノールアミン過酸化物、ホスファチジルセリン過酸化物やホスファチジルグリセロール過酸化物の合成にも成功した。また、トリグリセリド過酸化物の合成も可能になった。これらの脂質過酸化物が化学的に実態のあるものとして認識されてから、その生理作用に関する研究が広範に行われている。しかし、生体組織に存在するリン脂質過酸化物の生理学的役割は依然として明らかになっていない。ある種のリン脂質過酸化物が動物の免疫系を活性化するという報告もあり、必ずしも生体に対して悪い作用をするばかりではないようである。

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