織田作之助におけるメタフィクションの原点 : デビュー作品、小説「ひとりすまふ」論

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  • オダサクユキジョ ニ オケル メタフィクション ノ ゲンテン : デビュー サクヒン 、 ショウセツ 「 ヒトリ スマフ 」 ロン

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抄録

織田作之助の戦時中の短篇小説作品『淸楚』(一九四三年)には、いたるところにメタフィクション形式が仕掛けられていることを本誌前号で論じた。そこで今回は、彼の短篇小説第一作めの「ひとりすまふ」(一九三八年)を取り上げて、そのメタフィクション性を解析することとした。本物語は南紀白浜温泉に肺疾の療養目的で滞在している旧制高等学校の一生徒が海岸で出会った一組の男女から心理的に翻弄される回想文からなっている。テキストはこの二人の前でひとりすもうをとらされた「ぼく」による一人称語りで語られるのであるが、「わた(く)し」と称する筆者が第二の語り手として数回にわたって物語の中に入り込んでくるのである。そして、遂には「ぼく」と「わた(く)し」の二人の語り手がテキストの中で論戦を構えるに至るのである。太平洋戦争以前の織田がデビュー作品である「ひとりすまふ」と言う作品から斯かるメタフィクション形式を習得していたことは極めて重要であると言えよう。そしてそれにはスタンダールの『赤と黒』による影響が大きいことが推定された。

identifier:KG002600009139

収録刊行物

  • 京都語文

    京都語文 26 215-235, 2018-11-24

    佛教大学国語国文学会

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