『海の牙』、「怒りと願い」のあらたな推理小説へ : 初期水上勉論 第四回

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  • Fang of the Sea, To a new detective novel of "Anger and Wish" : MINAKAMI Tsutomu at His Early Stage (4)

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抄録

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書下ろし長篇推理小説『海の牙』(一九六〇年四月)は、社会的な視野をもつ書下ろし長篇推理小説『霧と影』(一九五九年八月)でデビューしたばかりの「新人」水上勉が、テレビで水俣病の今をめぐるドキュメンタリー番組『奇病のかげに』(同年一一月)を観てすぐ、水俣に赴き二週間ほどの取材ののち一気に書きあげた短篇小説「不知火海沿岸」(同年一二月「別冊文藝春秋」に発表)を、編集者坂本一亀の勧めに応じて発展させた長篇作品である。  『海の牙』には、物語の終盤、「海の牙」の表象が、鮮やかに、そして暗鬱にたちあがる。棄民化され奇病に苦しむ漁民たちの怒りの噴出と、工場による街の繁栄への汚染された暗い海からの怒りの問いかけとして。  本誌連載の初期水上勉論はこれまで、小説「不知火海沿岸」について論じてきた。「不知火海岸」では、棄民化された漁民の怒り、奇病とその原因とみなされる工場への怒りが噴出するものの、「海の牙」という表象はなく、「文明」あるいは「偽文明」への問いかけもあらわれていない。これは小説「不知火海沿岸」からの飛躍を、すなわち『海の牙』の発展的な優位性を示すのか。あるいは、後退を意味するのか。今回は、「不知火海沿岸」の試みをふくむ『海の牙』について、水上勉の発言をまずは「怒りと願い」について、次いで「社会派」と「推理小説」について検討し、次回の『海の牙』論につなげたい。 本誌連載の初期水上勉論はこれまで、小説「不知火海沿岸」について論じてきた。「不知火海岸」では、棄民化された漁民の怒り、奇病とその原因とみなされる工場への怒りが噴出するものの、「海の牙」という表象はなく、「文明」あるいは「偽文明」への問いかけもあらわれていない。これは小説「不知火海沿岸」からの飛躍を、すなわち『海の牙』の発展的な優位性を示すのか。あるいは、後退を意味するのか。今回は、「不知火海沿岸」の試みをふくむ『海の牙』について、水上勉の発言をまずは「怒りと願い」について、次いで「社会派」と「推理小説」について検討し、次回の『海の牙』論につなげたい。

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