方言多用地域における表現の多様性(2) : 介護施設利用者が「日常生活」場面で使用する方言について

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  • Diversity of Expression in Regions Characterized by the Frequent Use of Dialects: Focus on the dialects used by nursing home residents in daily life interactions

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抄録

本研究は、看護・介護に従事する外国人が「聞いて理解する」ための熊本方言学習用アプリ教材の開発を目指すものである。教材作成に先立ち介護施設で働く日本人職員40名を対象に「利用者がよく使う熊本方言」に関する質問紙調査を実施した。調査は共通語文を提示し、施設利用者がよく使う熊本方言に書き換えるというものである。和田・吉里(2022)では、「食事場面」で使われる熊本方言を分析対象としたが、本稿では「痛み・症状を訴える」「日常会話」の場面について分析した。  形容詞は、「食事場面」での結果と同様、カ語尾が使われていた。また、否定の助動詞「ない」は方言形ンが使われる。共通語では、形容詞の否定も動詞の否定も「ない」を使用するが、熊本方言では、形容詞の否定は「ナカ」、動詞の否定は「食べン」(食べない)と、異なる形式を用いるため、外国人学習者にとってはバリエーションが増えることになる。  次に文法的要素を見ると「娘が服を買ってくれた」のような求心的方向の授与を表す際、クレルとともにヤルの使用が多くみられた。さらに「くれラシタ」「やラシタ」のようなバリエーションも加わり、その組み合わせは多様である。  質問紙調査では、「痛み・症状を訴える」表現として、共通語とは異なる語彙や表現についても尋ねた。回答には『日本方言大辞典』に記載のあるホーゲタ(頬)をフウゲタ、シリタブラ/シッタブラ(臀部)をシリカブタと記載するなど、身体語彙についても多様なバリエーションがあることがうかがえる。  さらに、本稿では接尾辞ゴタルの音声的多様性について検証した。ゴタルは「①~のようだ、②~したい」という意味で使われる。質問紙調査の回答を見ると、回答者によってその表記方法は様々であった。共通語ではこのような表記の揺れはほとんど見られないが、熊本方言では/ru/ は発音の仕方によって聞こえ方が異なるため、表記においてもこのような揺れが生じていると考えられる。熊本方言では、[ɾ] 音を弾き音ではなく、そり舌音的な[ɽ] で発音したり[ɾ] の子音自体が脱落したり、促音化する場合もあるため、/gotaru/ という言葉に関し、[gotaɾu][gotaɽu][gotaɽ] [gotat][gotaʔ] の発音が存在していると考えられる。本稿では、熊本方言話者が「いこゴタル(行きたい)」を4つのパターン、[ikogotaɾɯ][ikogotat][ikogotaː][ikogotaɽ] と発話した音声を音声解析ソフトウェアに取り込み、その違いを視覚的に比較した。  また、「食べたくない」を意味するクオゴツナカは/kuogotu/ の部分で[kuogotu][kuogoɴ][kuogot][kuogoʔ] の4通り、/nai/ の部分では、[nai][naka][ɲaː] という3通りのバリエーションが見られた。

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