アイヌ語の動詞の結合価と3項動詞

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タイトル別名
  • Verbal Valency and Three-Place Verbs in Ainu
  • アイヌゴ ノ ドウシ ノ ケツゴウカ ト 3コウ ドウシ

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抄録

アイヌ語の文法において動詞の結合価が重要な役割を果たすことは以前からたびたび指摘されていた。しかしながら先行研究においては既存の結合価の概念がアイヌ語の事例を説明するのに必ずしも万全なものではないことが見逃されていた。本稿では主として3項動詞の分析を通して、人称接辞が示す結合価は役割指示文法(Role and Reference Grammar)における「一般的意味役割(macrorole)」に基づく他動性(M-transitivity)に概略相当するが、アイヌ語ではこの他に名詞抱合や名詞的派生接辞によって具現される別の結合価が存在し、これらをすべて包括するようなより一般的な結合価概念を設定する必要性を述べて、新たに「項スロット」という概念を提案した。「項スロット」は動詞がいくつの統語的な項を取ることができるかという潜在的能力を表しているが、通常の統語的結合価とは異なり、Nichols(1986,1992)による「主要部表示型言語」にアイヌ語が属しているという事実に基礎を置いている。「項スロット」は通常、動詞に付加された人称接辞によって充足され、指示的名詞句(referential noun phrase)は随意要素として動詞の外部に置かれて人称接辞と相互照応(cross-reference)する。しかし、アイヌ語においては、項スロットは人称接辞だけでなく、名詞抱合や名詞的派生接辞によっても充足可能である。さらに、項スロットは潜在的能力であるので、3項動詞の場合のように、人称接辞では表示不能な指示的名詞句が動詞の外側に置かれて項スロットを充足することもあり得る。アイヌ語の文法現象が形態論と統語論を越境する多様性を示す要因は、アイヌ語が主要部表示型という類型論的言語タイプに基づく「項スロット」という結合価を有するためであることを述べた。また、アイヌ語の場合は動詞の最終的な形態構造が示す結合価(形態的結合価)も重要であり、三つの結合価が同時に文法現象をコントロールしていることを述べた。なお、アイヌ語の項スロットの数は通常は個々の動詞に対して厳格に決まっており、他言語における意味的結合価や統語的結合価とは異なり、原則変動することはない。しかし、極めて稀にではあるが、3項動詞の場合に項スロット数が変動しているかにみえる例外的な事例がみられることを指摘し、それらの事例もここで提案された三つの結合価と項スロットの語用論的な充足という概念を用いて説明が可能であることを述べた。

収録刊行物

  • 北方人文研究

    北方人文研究 16 37-64, 2023-03-25

    北海道大学大学院文学研究院北方研究教育センター

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