国家の自画像・国民の肖像――オーストリア軍事史博物館の場合――

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  • Selbstbildnis eines Staates / Porträt einer Nation Der Fall des Österreichischen Heeresgeschichtlichen Museums

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抄録

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本論は、現代ヨーロッパにおける軍事博物館の国民統合機能の諸相を考察する一環として、オーストリアの軍事史博物館のケースを考察するものである。かつて中欧の覇者として名を馳せたオーストリアは、第二次世界大戦においてナチス・ドイツの被害者であると同時に加害者でもあった。この「ヤーヌスの相貌」がこの国の「国家の自画像」と「国民の肖像」の描き方に独特の陰影を与えている。 一六世紀の宗教戦争にはじまる軍事史博物館の展示は、イスラム勢力を東ヨーロッパから駆逐して拡張していくハープスブルク帝国の様子を、オイゲンやラウドンのような模範的な指揮官=国民の「あるべき姿」の典型ともいうべき人物に焦点を充てつつ展開している。フランス革命からナポレオン戦争にかけてはそうした英雄譚的な展示が続くが、一九世紀中葉以降、帝国が衰退していく段の紹介になると、展示は積極的な方向性を失って懐旧趣味的な色彩を強めていく。オーストリア・ハンガリー二重帝国をこうして情感をこめて「ベル・エポック」として説明しているのが大きな特徴だ。 他方、二〇世紀の二つの世界大戦をめぐってはきわめて対照的な扱いをしている。二重帝国の終焉を告げる第一次世界大戦については「新しい軍事史」の知見も踏まえた詳細きわまる緻密な展示が大々的に展開されているのに対して、第二次世界大戦については説明も展示品も数少なで明らかに見劣りする。そして、こともあろうに最後の展示室を二重帝国時代の帝国海軍の紹介にあてているのである。 このことからもわかるように、オーストリアの軍事史博物館は今なお歴史的評価の定まっていないかの「ヤーヌスの相貌」について深入りするのを回避して、その反省の上に立っているはずの現第二共和国にではなく、ハープスブルク家のオーストリアに焦点をあわせて国民統合のための歴史的記憶を組織化しようとしている。「翳りある現代史」を抱えるこのような国家にとって、このようなやり方は国民統合のためのひとつの知恵であり、それこそ現代ヨーロッパの軍事博物館の国民統合機能の一形態をなしているのである。

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