[論文] 昔話「三枚のお札」と謡曲「黒塚」「山姥」 : 山と里の対比から

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  • [Article] The Folk Tales “Sanmai no Ofuda” and the Texts of Noh “Kurozuka” “Yamauba”

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抄録

「三枚のお札」は、寺の小僧が山へ出かけ鬼婆や山姥の家に泊まり、便所へ行きお札を投げて山や川を出して逃げるという昔話である。まず、類話を整理してその構成から、(1)鬼婆タイプ[寺-小僧-山-花採り-鬼婆-便所-逃走(お札)]、(2)山姥タイプ[寺-小僧-山-栗拾い-山姥-便所-逃走(お札)]、(3)ヤマハハタイプ[娘-山-ヤマハハ-逃走]の三つを設定した。鬼婆タイプは盆や彼岸に登場し子をとって食う点、山姥タイプは栗や茸を勝手に取る者を責めて山の領域を主張する点、ヤマハハタイプは寺・便所・お札の要素がない点が特徴である。柳田國男の『先祖の話』や山人論を参考にすると、鬼婆の背景には子のない老婆への差別視とその裏返しとしての恐怖感が、山姥とヤマハハの背景には柳田が先住民の末裔と論じている山人への恐怖感が、想定される。そして、昔話の構成要素の比較から、素朴なヤマハハタイプが古いかたち、山姥タイプが新しいかたち、鬼婆タイプがさらに新しいかたちであると分析した。次に、現在の昔話が歴史的にどのような深度をもって伝えられているものなのかを検証するために、室町期の謡曲「黒塚」と「山姥」の存在に注目した。山や野原で日暮れに一人の女が現れるという点が「三枚のお札」で語られている情景と共通している。謡曲「黒塚」では鬼女が里の女として登場し「長き命のつれなさ」を象徴する糸繰りをする。鬼女は山伏に祈り伏せられる。謡曲「山姥」では山姥が山の女として登場し領域の主張を象徴する「山廻り」をする。山姥はどこへともなく去って行く。そこから昔話「三枚のお札」の鬼婆と山姥と、謡曲「黒塚」の鬼女と謡曲「山姥」の山姥との間の対応関係を指摘した。これらの伝承の背景には、山人と里人の遭遇と緊張、その現実の歴史記憶の反映と心象世界の反映、そしてその記憶の稀薄化があると推定した。鬼婆系の伝承と山姥系の伝承が併存しているという点で、近現代に採録された昔話と室町期に成立した謡曲とが共通していることから、昔話には室町期に通じるほど古い伝承情報が伝わっている可能性があることを指摘した。

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