宣教師Mary Anna Holbrookと神戸女学院1894年「ある日本化運動」 --同志社との緊張関係を踏まえて--

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書誌事項

タイトル別名
  • Missionary Mary Anna Holbrook and “A Japanization Movement” in Kobe College, 1894: Based on the Tension with Doshisha
  • センキョウシ Mary Anna Holbrook ト コウベ ジョガクイン 1894ネン 「 アル ニホンカ ウンドウ 」 : ドウシシャ ト ノ キンチョウ カンケイ オ フマエテ

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抄録

日清戦争勃発後の1894 年11 月、アメリカン・ボード支援下で宣教師が運営する神戸女学院で、日本人教員有志が校長・会計・設立者の名義を日本人にせよという要請をした。神戸女学院の年史と先行研究は、このできごとを「ある日本化運動」と名付け、国家主義・国粋主義の台頭などキリスト教への「反動」の時代の流れを象徴するものとして捉えた。本稿では、主に神戸女学院教員宣教師であるMary Anna Holbrook がアメリカン・ボード本部に書き送った報告書簡を用いて、「ある日本化運動」以前から神戸女学院宣教師が熊本バンドメンバー率いる同志社を批判しており、「新神学」を唱える彼らに神戸女学院を譲ることを是とせず、宣教師らのみによる女子高等教育の実現を続けることを決意させたできごとであったことを明らかにした。

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