20世紀の『ファウスト』 : ヴァレリーが書き残せなかった一冊の本
書誌事項
- タイトル別名
-
- 20セイキ ノ ファウスト : ヴァレリー ガ カキノコセナカッタ イッサツ ノ ホン
この論文をさがす
説明
ゲーテ『ファウスト』を愛読してきたポール・ヴァレリーは、晩年に自分なりの『ファウスト』を書きたいと思った。そこで彼はゲーテ『ファウスト』第一部の続編に当たる『わがファウスト』(『ルスト』を含む)をほぼ書き終え、次いでゲーテ『ファウスト』第二部の続編というべき『ファウスト第三部』を書こうとした。ところがパリがナチス・ドイツに占領され、ナチスの検閲の眼が光っているとき、彼は実際に『ファウスト第三部』に手をつけることはできなかった。だが残された『カイエ』から、ヴァレリーがここで何を書こうとしていたか、ある程度推測することができる。ゲーテは『ファウスト』第二部で、産業革命、資本主義、近代科学技術の三者が人類に悲惨な将来をもたらすことを予見した。ゲーテにとっての真の「悪魔」はメフィストではなく、これら三者だった。ゲーテから約百年後、ヴァレリーは、ゲーテの予見が恐ろしいほど当たっていると痛感した。それどころか、現代世界の悲惨と非人間性はゲーテ時代よりも猛威を揮っているように見えた。各国は世界の軍事的・経済的支配に鎬を削り、文化面を顧みず、その結果人々は、勤勉に働き、消費生活を享受する反面、人間性を喪失し、魂を亡失してしまった。ヴァレリーが見るところ、現代世界ではメフィストすらもはや時代遅れであり、恐ろしいのはむしろ人間のほうである。そう洞察したヴァレリーは、『ファウスト第三部』で現代世界が陥った途轍もなく大きな闇を現出させようとした。『ファウスト第三部』は結局何ひとつ書かれずに終った。それは、ナチスの検閲の眼が怖かったからであろうか、それともあまりにも怖ろしい現代世界の闇を前にして、ヴァレリー自身がひるんだせいであろうか、知る由もない。
収録刊行物
-
- 平安女学院大学研究年報
-
平安女学院大学研究年報 24 1-17, 2024-03-01
- Tweet
詳細情報 詳細情報について
-
- CRID
- 1050581766260149248
-
- ISSN
- 1346227X
-
- 本文言語コード
- ja
-
- 資料種別
- departmental bulletin paper
-
- データソース種別
-
- IRDB