徳島県産アオリイカの資源生物学的研究

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  • トクシマケンサン アオリイカ ノ シゲン セイブツガクテキ ケンキュウ

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抄録

アオリイカはインド洋から太平洋にかけて連続的に分布し、日本では北海道南部から沖縄まで分布する。特に日本南部では、沿岸漁業の重要資源となっている。徳島県沿岸では、周年を通して定置網や釣りで漁獲され高価に取引されることから、経済的に重要な水産動物となっている。 日本各地に生息するアオリイカの地方群間の遺伝的類縁性をアイソザイム分析による集団遺伝学的解析によって調べた。アオリイカには遺伝的に高度に分化した3型(シロイカ型、アカイカ型、クアイカ型)の存在が知られているが(Izuka et al.1994)、今回は日本本土周辺から得られた10地点の"シロイカ型"と、沖縄産の"アカイカ型"合計11地点について調べた。水平式デンプンゲル泳動法によるアイソザイム分析の結果、21酵素1非酵素タンパクを検出し、計34遺伝子座を推定したが、"アカイカ型"と"シロイカ型"グループの間では5遺伝座で対立遺伝子が完全置換しており、両者の遺伝的距離の平均値は0.2に近く、Izuka et al.(1994)によって報告された"アカイカ型"の遺伝的独立性が再確認された。また"シロイカ型"のグループ中ではLDH-4*遺伝子座が特徴的で、日本海の集団と太平洋の集団間で対立遺伝子が完全置換しており、遺伝的距離によるこれら2群の遺伝的相違の程度は亜種間に近い水準に達していた。このことから、日本本土近海のアオリイカ(シロイカ型)は日本海系群と太平洋系群のふたつに大別され、徳島県産アオリイカは太平洋系群に属する単一集団であると考えられた。 播磨灘、紀伊水道および太平洋で操業する小型定置網標本船と紀伊水道南部で操業する小型底びき網標本船の月別漁獲量の推移から、これらの3海域ではアオリイカの産卵群と加入群がともに漁獲されることが明らかになった。しかしながら、播磨灘では水温が12.0℃以下に低下する1~4月に漁獲されず、この時期には水温が14℃以上ある太平洋岸や紀伊水道南東部へ移動しているものと考えられた。 徳島県海部郡沿岸で11~12月に外套背長9.5~26.5cmのアオリイカ305個体を標識放流したところ、15個体が再捕された。再捕個体の移動距離は直線距離で16.2km以下と小さかったことから徳島県産アオリイカ個体詳は大きな回遊を行わず、冬季にもほとんどがこの海域にとどまることが推察された。 交接を済ませた雌は1~9月の間で出現し、GSIおよびNSIの季節変化をみると雌は4~9月に成熟する。雄のGSIは12月から上昇し始め、翌年の9月まで高い。これらのことから、アオリイカは雄の方が早く成熟し、雌は生殖腺が成熟する前に交接を始める。雌の生物学的最小形は外套背長15.5cmであった。1988年8月~1991年10月にかけてSCUBAにより、徳島県のアオリイカの卵嚢塊の出現時期、卵の発生状況及び卵数について調査を実施した結果、卵嚢塊の全ては5~10月の期間内に採集された。卵嚢当たりの卵数は0~9個体(平均5.5個体)、1卵嚢塊当たりの卵数は137~1,141個(平均553.2個体)であった。卵嚢当たりの卵数が多い卵嚢塊ほど総卵数が多い傾向が認められた。卵嚢塊の出現時期および飼育下における発生速度と水温の関係(Segawa 1987)から産卵期は4月下旬~10月上旬、ふ化時期は6月上旬~10月下旬で、主産卵期は5~7月、主ふ化期は6~8月と推測された。 徳島県沿岸に人工産卵礁を設置し、1990年5月~1993年9月にSCUBAダイビングによりアオリイカの産卵場と卵塊付着基盤に対する選択性を調べた結果、内湾の静穏域に設置された人工産卵礁へ産み付けられた卵嚢塊の数は外海域に面した海域に設置された人工産卵礁より明らかに多かった。3種類の人工産卵礁に産み付けられた産卵量は中層網籠タイプ>鉄筋タイプ>FRPタイプの順になった。これらの3タイプの人工産卵礁に産み付けられた卵嚢塊の量は隣接するガラモ場やアマモ場に比較して多かった。これらの結果から、親イカは産卵場として静穏域を選択し、多様な卵嚢塊付着基盤に産卵することが明らかになった。さらにFRPタイプの人工産卵礁においてFRP棒の間隔が狭い産卵礁に選択的に産卵したことから、アオリイカは上方から下方に産卵行動を行い卵嚢塊付着基盤として狭い空間を好むことが明らかとなった。 1987年から1999年における漁獲物の外套背長組成からアオリイカの成長と寿命について調べた結果、アオリイカの寿命は約1年であると推定され、夏にふ化し翌年の春から夏に産卵した後死滅することが明らかにされた。アオリイカの成長は雌雄ともに水温の高い夏から秋にかけて速いが、水温が低下する冬春期の成長は停滞する。各月の平均外套背長の推移にGompertzの成長式がよく適合した。外套背長は年級群により異なり、水温はアオリイカの成長に大きな影響を及ぼす。 1個体のアオリイカと種々の大きさのクロメジナ8~12個体を餌として水槽に収容し、アオリイカの捕食行動、餌のサイズ選択性および残餌の形状を明らかにした。アオリイカの捕食行動は、確誌、位置取りおよび捕獲の3つの動き分けられた。アオリイカは餌の全長とイカの外套背長の比(FTL/SML)が0.5以下の餌を良く捕食する傾向がみられた。FTL/SML比0.5以下では残餌がなく、ほぼ完全に摂餌したが、FTL/SML比が1.0を超えると残餌の割合が大きくなる傾向がみられ、胴部の筋肉を残すものが多かった。FTL/SML比が1.5を超えるとアオリイカは餌を捕食できず、餓死したり、さらにクロメジナによるイカの捕食が観察された。 徳島県沿岸におけるの餌木(擬餌針)釣りと定置網により漁獲されるアオリイカの外套背長(ML)組成に、拡張したSELECTモデルをあてはめて、餌木の漁獲選択性を求めた。餌木の選択性を求めるために、同一日に定置網と釣りで漁獲されたアオリイカの外套背長組成を比較するために、同一日の漁法別の外套背長別資源密度や漁獲性能が異なる場合に合わせてSELECTモデルを拡張した。餌木の漁獲選択性r(l)は、外套背長lとしてr(l)=exp(-10.0+0.485l)/ [1+exp(-10.0+0.485l)]と推定された。ここではエビを模した体長12cm(既製品)や15cm(漁業者自作品)餌木より大きなアオリイカが漁獲され、この選択性がアオリイカの餌サイズ選択によるものと考えられた。 アオリイカは主として朝夕の薄明時から夜間にかけて釣獲される。徳島県海部沿岸の釣りや定置網においてアオリイカは満月の前後5、6日をピークとして漁獲され、漁獲には月周期性がみられることから、アオリイカの漁具に対する行動が照度に強く影響を受けることが明らかになった。 徳島県沿岸域でのアオリイカ漁獲量予測のために、ある年級群の豊度とその産卵期から稚仔成育期を含む期間(4~9月)の環境要因との関係を重回帰分析で調べた。環境要因として紀伊水道外域の水深10mの水温(X1)と塩分(X2)および徳島市の大気圧(X3)と降水量(X4)を説明変数に、また、年級群豊度の指数としてその年級群からの漁獲量(9月から翌年8月まで)を目的変数に用いて、AICにより変数を選択して重回帰式Y=-3297.4+37.0X1+79.9X2を得た。この式より、年級群からの漁獲量を予測できる。アオリイカの年級群豊度が産卵期と稚仔成育期の水温や塩分と密接に関連したことから、高水温と高塩分が加入に好影響を及ぼしていると考えられる。 まとまった加入がみられ、かつ著しく成長速度が速い7~11月に限定して体重300g以下の小型個体を保護(放流)した場合の放流効果を試算した。年級群毎に雌雄別試算を行った結果、体重300g以下は0~3月齢群に相当し、年級群により異なるが、23千~101千個体が放流の対象となり、その25.6~84.6%が体重300g以上の個体となって回収される結果となった。漁獲重量では、放流時の重量に対して0.98~8.5倍、生産金額においては放流に要する費用に対して2.2~21.4倍が回収され、高い放流効果を示した。

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