代替原料の有効利用による新養魚飼料の開発に関する研究

この論文をさがす

抄録

現在、海面魚類養殖業は高級魚の安定的な生産を担う産業として、我が国の沿岸漁業の中で重要な位置を占めている。海面養殖の対象魚種はブリ、マダイなど肉食性傾向の強い魚種であり、その餌料としては大量に漁獲されてきた安価なマイワシがほぼ100%の割合で用いられてきた。ところが、近年、マイワシの漁獲量が急激に減少し、餌料としての供給が著しく困難な状況となったため、生餌に代わって配合飼料の使用量が急速に増加しつつある。一方、配合飼料の主原料である魚粉・魚油についても、その国内生産はマイワシ漁獲量の推移と連動して大幅に減少している。そのため、現在、魚粉・魚油の供給はほとんどを海外からの輸入に頼らざるを得ないという不安定な状態に陥っている。 このような背景のもとに、本研究は魚粉や魚油のみに依存しない新しいタイプの海水魚用ドライペレットの開発に必要な知見を集積することを目的に、代替タンパク質や代替油脂を配合した低魚粉飼料の実用飼料としての有効性を調べ、さらに魚粉を全く配合しない飼料の利用性に関して、特に結晶アミノ酸の補足効果の観点から検討を加えたものである。 先ず、第1章では海水魚における各種タンパク質原料の利用性に関する今までの研究成果に基づき、代替タンパク質を配合したブリおよびマダイ用低魚粉飼料の利用性について検討した。代替タンパク質として大豆油粕(SBM)、コーングルテンミール(CGM)およびミートミール(MM)を併用して魚粉含量を50-60%置き換えた二軸エクストルーダー製ドライペレット(EP)を用いてブリを大型生簀で2年間にわたって飼育した。その結果、飼育成績は代替タンパク質を配合したことによる悪影響はみられず、ブリに対する低魚粉飼料の有効性を実証することができた。マダイでは、通常のスチームペレット(DP)を用いてSBMを単独で30%(魚粉代替率55%)、また上述した3種類の原料を併用することによりタンパク質源として46%(代替率62%)まで配合できることがわかった。さらにマダイ稚魚における濃縮大豆タンパク質(SPC)の利用性についても明らかにした。 第2章では、第1章の結果に基づき代替タンパク質配合の低魚粉EPを用いて代替油脂の利用性についてブリで検討した。その結果、SBM、CGM,MMおよび血粉を併用して魚粉含量を30-40%としたEPでは、ブリの必須脂肪酸要求を満足する量の魚油と供用すれば、パーム油および牛脂をそれぞれ単独で、あるいは両者を併用して10%前後配合することが可能であることがわかった。このことから、ブリ用EPでは魚粉および魚油の両者とも配合割合の50%程度を他の原料で有効に代替できることが明らかとなった。 以上のように、ブリおよびマダイでは、魚粉配合率の半分以上を代替タンパク質で置換した低魚粉飼料が十分に利用可能であること。またブリでは魚粉および魚油の配合割合を大幅に削減したEPの有効性を明らかにすることができた。しかし、マイワシ資源の早期の回復が望めない現状では、飼料の安定供給を将来にわたって確保するためには、さらに代替原料の積極的な利用を図り、タンパク質源に魚粉を全く使用しない養魚飼料の開発が必要であると考えられる。そこで、第3章および第4章ではブリおよびマダイを用いて無魚粉飼料開発の可能性について検討した。 第3章では、先ず飼料中の魚粉含量がブリの飼育成績に及ぼす影響を調べるため、魚粉配合率を0-65%としてEPを作製して飼育試験を行ったところ、飼育成績は魚粉含量と正の相関を示し、特に魚粉20%以下の区では65%区に比べて著しく劣った。これは、低魚粉あるいは無魚粉EPではリジンやメチオニンなどの必須アミノ酸(EAA)含量がブリの要求量以下のレベルとなり、飼料タンパク質の栄養価が低下したためであると推察された。一方、マダイでは飼料中の魚粉含量にかかわらずほぼ同じ飼育成績が得られた。次に、SPCを中心にSBM,CGM等をタンパク質源とし、EAA含量が焦粉飼料と同程度となるように結晶EAAを補足添加した無魚粉飼料の利用性を2回調べた。その結果、成長は飼育開始後1ケ月(第1回試験)から2ケ月(第2回試験)程度までは順調であったが、その後いずれも徐々に停滞し、終了時には魚粉区に比べて著しく劣った。これは、飼料に添加したEAAが有効に利用されなかったことや、無魚粉区の魚に特異的に発症した緑肝が原因ではないかと考えられた。この緑肝症は、胆管中に大量に寄生した粘液胞子虫によって引き起こされたもので、胆汁の流通租害によって脂肪の脂肪の消化吸収が影響を受けたことも成長低下の一因と推察された。なお、無魚粉飼料給餌による粘液胞子虫寄生のメカニズムは不明である。一方、マダイでは無魚粉飼料給餌による成長阻害などは観察されず、無魚粉飼料の利用性が両魚種で大きく異なることがわかった。また、マダイに対する無魚粉飼料の適正配合組成を検討した試験では、SPC配合率の高い飼料区で飼育成績が優れる傾向がみられ、SPCの利用性もブリと異なることが示唆された。 このように第3章の結果から、ブリにおける無魚粉飼料の利用性はかなり劣ることが明らかとなった。そこで、第4章ではブリ用無魚粉飼料の性能の改善について、結晶アミノ酸の補足添加の点から検討した。無魚粉飼料に添加したEAAが有効に利用されるためには、原料タンパク質由来のEAAと添加したEAAの吸収における同時性が求められる。また添加EAAの吸収速度は飼料の物性(硬度や胃内における崩壊性など)の影響を受けると考えられる。そこで先ず、添加EAAの吸収速度および飼料の消化管内滞留時間に及ぼす飼料形態の影響を調べた結果、大型の二軸エクストルーダー(Ex)で製造したドライペレット(SDP)では小型Ex製ペレット(EP)およびシングルモイストペレット(SMP)に比べて胃内における崩壊が緩やかに進み、原料由来のアミノ酸と結晶EAAの吸収にはほぼ同時性がみられ、飼料の消化管内滞留時間と血漿FAAの消長に相関があることが明らかとなった。また、SMPの場合にも、飼料の粘着性を高めて消化管内における崩壊を遅らせるとSDPの場合と同じ効果がみられることがわかった。これらの結果に基づき、ほぼ同一の配合組成で無魚粉のSDP、EPおよびSMPを製造し、EAAの添加効果を比較したところ、いずれの場合にも成長・増肉係数に対する添加効果が認められた。無魚粉区の飼育成績は魚粉区には及ばなかったものの、3飼料の中ではSDP区が他区よりも優れた成績を示した。このことから、無魚粉飼料の性能は製造方法や条件によって異なることが示峻された。ブリの給餌後の血漿遊離アミノ酸(FAA)濃度をみると、無魚粉飼料に添加したEAAは形態にかかわらずいずれも効率よく吸収されることがわかった。無魚粉飼料には魚粉飼料のEAA組成に合わせて結晶EAAを補足添加したが、無魚粉区の血漿FAA濃度は魚粉区よりもかなり高くなっており、特にメチオニンの濃度は著しく高く、アミノ酸インバランスを引き起こしている可能性が示唆された。したがって、不足するアミノ酸を補足する場合は、個々のアミノ酸の吸収率や血漿中のFAAバランスを考慮した添加が必要であることがわかった。 以上、本研究では、最近の逼迫した魚粉・魚油の需給状況に鑑み、代替タンパク質・代替油脂配合の新しいタイプの養魚飼料の開発を試みるとともに、養魚飼料の安定供給、品質保持、価格低減化を計るためには魚粉に依存しない飼料の開発が不可欠であると考え、そのために必要な基礎資料の集積を行った。本研究で得られた成果は、21世紀の魚類養殖における飼料開発の方向を示す有益な情報を提供するものである。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ