レーザー温度ジャンプ型過渡透過光計測法による温度応答性高分子水溶液の相分離ダイナミクスの研究

書誌事項

タイトル
レーザー温度ジャンプ型過渡透過光計測法による温度応答性高分子水溶液の相分離ダイナミクスの研究
タイトル別名
  • Phase Separation Dynamics of Aqueous Thermo-responsive Polymer Solutions Studied by a Laser-induced Temperature Jump Method Combined with Transient Photometry
著者
多田, 貴則
学位授与大学
北海道大学
取得学位
博士(理学)
学位授与番号
甲第12322号
学位授与年月日
2016-03-24

説明

代表的な温度応答性高分子であるポリ(N-イソプロピルアクリルアミド) (PNIPAM) は水中で温度変化に応じて構造が変化するが、その構造変化には以下の 4つの段階が含まれると考えられている。1) 室温以下の温度では、PNIPAM 鎖は水和したコイル型の構造をとり均一に溶解しており、水溶液は透明である。2) 水溶液の温度が下限臨界溶液温度(LCST、PNIPAM水溶液の場合は ≈ 32°C)を超えると、PNIPAM 鎖と水との水素結合が崩壊し脱水和が起こる。 3) 脱水和した PNIPAM 鎖は広がったコイル型から収縮したグロビュール型へと高次構造が変化する (coil-globule 転移)。4) グロビュール型の PNIPAM 鎖は拡散と鎖 間の衝突を経て疎水性相互作用により凝集する結果、水リッチ相と高分子リッチ相へと相分離し、高分子リッチ相が光を散乱するため水溶液は白濁する。これらの現象に対して、 構造変化に関する知見はこれまで豊富に蓄積されてきたが、現象を特徴づける重要なパラメータの一つである相分離速度に関する知見は十分に得られていない。相分離速度の解析 は、相分離機構の解明に資するだけではなく、温度応答性高分子を基盤とした新規材料開発に向けた重要な指針になる。本研究では、PNIPAM 水溶液の相分離の動的過程を明らかにする手法として「レーザー温度ジャンプ型過渡透過光計測法」を導入した。その上で、相分離速度がどのような因子に依存しているのかを解明することを目的として、相分離挙動を支配する重要な因子である高分子の濃度、分子量、および立体規則性が相分離速度や高分子の高次構造に及ぼす影響を明らかにすると共に、実験結果から相分離機構を考察した。温度ジャンプ法は集光パルスレーザー光(ヒートパルス光、波長(λ) = 1200 nm, fwhm ≈ 10 ns)による水の OH 伸縮振動の励起による局所的な熱発生に基づいている。レーザー光照射領域の温度ジャンプに要する時間はヒートパルス光のパルス幅と同程度である。相分離に伴う PNIPAM 水溶液の濁度上昇を、ヒートパルス光の中心に導入したプローブ光(λ = 532 nm)の透過光強度の時間減衰を解析することにより相分離速度を求めることができる。第1章では研究の背景と目的を述べると共に、第2章では温度ジャンプ法等の実験手法の概略を述べた。第3章では、PNIPAM 水溶液の相分離速度を特徴付ける最も基本的なパラメータである PNIPAM の濃度と分子量の効果について検討した結果を述べている。分子量 28,000 ~ 93,000 の PNIPAM を用いた場合、相分離速度は分子量によらず濃度増加に伴い速くなり、ある臨界濃度以上で一定値に収束した。濃度増加に伴う相分離速度の加速は、高分子鎖間の平均距離が短くなることにより、相転移により生成したグロビュール鎖が凝集するのに必要な拡散距離が短くなり、結果的に相分離が速くなる事を明らかにした。一方、分子量 75,000~93,000 の領域においては、分子量の増加に伴い相分離速度は遅くなるが、分子量28,000~75,000 の領域においては分子量の増加につれて相分離速度が速くなることを見出した。すなわち、PNIPAM 水溶液の相分離は分子量 75,000 程度で最速になる。高分子量領域においては、分子量の増加とともに高分子の流体力学的半径が大きくなり、凝集する際の拡散速度は遅くなると考えられる。したがって、分子量 75,000 以上で観測された分子量増加に伴う相分離速度の増加は高分子鎖の拡散が遅くなるためであると結論できる。一方、低分子量領域における挙動については、分子量の低下により凝集する高分子のサイズが小さくなり、プローブレーザー光を散乱するまでに要する時間が長くなるため、 結果的に相分離が遅く観測されたものと考えられる。第4章においては、46%~55%の meso 二連子(isotacticity)を有する PNIPAM を合成し、その相分離速度を比較した結果について述べている。その結果、高分子濃度によらず isotacticity の増加に伴い相分離が速くなることを明らかにした。isotactic-rich PNIPAM 水溶液は LCST 以下においてもマイクロメートルスケール以上の高分子ネットワークを形成することを単一分子蛍光イメージングにより確認し、この高分子ネットワークが凝集体の前駆体となって相分離を加速することを明らかにした。さらに、LCST 以上においては高分子リッチドメインが成長し、高分子鎖の並進拡散運動が凍結した物理ゲルを形成することも見出した。第5章においては、meso 比を 46%から 32%まで減少させた syndiotactic-rich PNIPAM 水溶液の相分離挙動について述べている。syndiotactic-rich PNIPAM 水溶液は、ある高分子濃 度以上においてのみ高速な相分離を示した。syndiotactic-rich PNIPAM はコイル鎖から脱水和する際に分子内水素結合を協同的に形成することで疎水性が高まり、その高い疎水性に よって相分離が加速されることを明らかにした。また、このような現象はグロビュール鎖 の拡散を経ずに高分子が凝集する高濃度領域においてのみ観測されることも明らかにした。第6章では、本研究の結論と研究の展望について述べている。本研究では PNIPAM 水溶液の相分離速度が PNIPAM の濃度、分子量、立体規則性に大きく依存することを明らかにした。また、濃度、分子量、立体規則性が高分子鎖の構造に及ぼす影響についても調べ、 相分離速度の知見と総合的に考察することにより、PNIPAM 水溶液の温度応答相分離機構を提案した。今後、本研究で得られた知見が刺激応答性高分子に基づく新規材料開発に資することを期待する。

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ