仲裁とカピチュレーション
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- 藤波 伸嘉
- 津田塾大学学芸学部
書誌事項
- タイトル別名
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- Arbitration and Capitulations
- 一九〇一年オスマン・ギリシア領事協定にみる近代国際法思想
- International lawyers' views on the 1901 Consular Convention between the Ottoman Empire and Greece
抄録
一九〇一年、列強六か国による仲裁の結果としてオスマン・ギリシア領事協定が締結された。本協定とその締結に至る過程は、カピチュレーション、干渉、仲裁といった、「長い一九世紀」の国際法思想を考える上で鍵となる要素を含んでいる。本稿は、ニコラス・ポリティス、ヨルゴス・ストレイト、ハサン・フェフミ、イブラヒム・ハックの四名の著述を素材として、オスマン・ギリシア双方の国際法学史の文脈から本協定を考察することで、その歴史的な意義を明らかにしようとする。双方の主張の懸隔はカピチュレーションの位置付けに、換言すれば、オスマン帝国の差別的待遇は国際法の原則なのか例外なのかという点に収斂した。ギリシア側にとって、「キリスト教国」は「野蛮」な国家を「例外的」に扱うというのが「ヨーロッパ公法」の原則であり、従って、「文明国」として列強諸国と平等なギリシアは当然にカピチュレーションを享受すべきだった。これに対しオスマン側は、「完全な平等」こそ「国際法の一般原則」であり、カピチュレーションはそれに反する「例外的な状況」だと批判した。だからこそオスマン側は、この原則に反してカピチュレーションの保持に努める列強の態度を批判しつつも、国際法そのものの意義や進歩を認める「リベラル」な態度を示していた。ところが列強諸国は、正に本協定がカピチュレーションという制度の原則に関わるが故に、その先例から自らも裨益すべく、ギリシア寄りの裁定を下すことになる。こうした各当事者の立場からは、「世俗化」した「文明国基準」の下、ヨーロッパの枠を超えて「普遍化」したというその自己認識にも拘らず、西欧キリスト教徒主導の「長い一九世紀」の国際法思想が、その実は如何にキリスト教中心主義的であったかが改めて浮かび上がってくる。
収録刊行物
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- 史学雑誌
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史学雑誌 125 (11), 1-36, 2016
公益財団法人 史学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205137774208
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- NII論文ID
- 130006321478
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- ISSN
- 24242616
- 00182478
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可