化学感覚受容のしくみ

  • 坂井 信之
    神戸松蔭女子学院大学人間科学部生活学科都市生活専攻

書誌事項

タイトル別名
  • Sensation and perception of chemical senses

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抄録

においやかおりが漂ってくると,我々はそのにおいの元を目で探してしまう.そこでにおいの元が何であるか理解できたときには安心するし,においの元を探し出せないときには,しばらく不安な気持ちになってしまう.このように,人では,においやかおりは単独で機能するのではなく,絶えず他の感覚と同時に使用されることによって外界の認知に役立っている.<BR>これまで,本学会誌はにおいやかおりの受容機構に関する総説特集や研究論文を多く掲載してきた.しかしながら上述したような事例から,においはそれ単独で感じられるだけではなく,味覚や三叉神経覚などと統合され,風味や化学環境の知覚を形成していると考えられる.そこで本特集では,においやかおりと関連が深い他の感覚の受容機構とそれらと嗅覚との相互作用に関する総説論文を掲載し,読者の方々がにおい・かおりの受容機構をより広く深く理解する助けとしたい.<BR>最初に味覚の受容機構について長年にわたって生理学の観点から味覚を研究されてきた小川氏(熊本機能病院神経内科・熊本大学名誉教授)と脳磁場計測の手法により現在精力的に味覚の脳機構について研究を進められている小早川氏((独)産業技術総合研究所)にまとめていただいた.口腔内での味覚の末梢性受容機構から,味覚情報の脳内情報伝達系,サルやヒトの大脳での味覚情報処理など,最低限知っておくべき知識から最新の知見までを盛り沢山に紹介していただいており,大変読み応えのある総説になっている.<BR>次に三叉神経系の化学感覚の受容機構を駒井氏(東北大学)を中心として井上氏(日本たばこ産業(株)),長田氏(北海道医療大学)らにまとめていただいた.しばしば味覚や嗅覚と混同される炭酸の刺激感,カプサイシンによる辛味,メントールの刺激感などについて,末梢の受容機構を中心に解説していただいた.<BR>続いて,化学感覚ではないが,食物を摂取するときには必ず生じている口腔内の物理的感覚(温度やテクスチャーなど)の受容機構ならびに,それらと口腔内の化学感覚との関係について硲氏(朝日大学)にまとめていただいた.歯痛のときにしか生じないと思われている歯の「感覚」が,実は通常の食事時にも生じており,それが食物の固さの感覚や異物の検出に重要な役割を果たしていることは,ここで初めて目にされる読者の方も多いかもしれない.<BR>これまでの三論文が比較的単純な感覚の話であったのに対して,あとの二論文は,単一の感覚というよりも,複数の感覚が統合された結果生じる,より複雑な知覚の仕組みについてまとめている.いずれの論文も,におい(嗅覚)を中心にまとめられているため,読者の方の興味を引き,また実際の業務などへの応用も期待できるのではないだろうか.庄司氏((株)資生堂)の論文は嗅覚が他の感覚・知覚(視覚や体性感覚など)に及ぼす影響を,反対に,坂井の論文は他の感覚(視覚や味覚など)が嗅覚の質の識別や強度評定,快不快判断などに及ぼす影響について紹介している.<BR>このように,一言でにおいと言ってもそれが必ずしも嗅覚の単一の感覚からなるというわけではない.我々が「においがする」と思っているときには,ここに述べたような他の感覚や知覚によって修飾され(歪められ)た結果生じたにおい体験(嗅覚知覚)を感じていることが多い.これらのことに加えて,においに対する嗅ぐ人の経験や知識などの要因も絡んでくるため,結果として,においの感じ方には個人差が大きくなるのである.今回の特集を機に,多くの読者がにおいの奥深さについて認識を深めていただければ幸いである.

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