アラカシ葉の性質と蛾類幼虫の個体数

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タイトル別名
  • The relationship between the characteristics of Quercus glauca Thunb. leaves and the number of feeding larvae

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抄録

1999年より2007年にかけて,岐阜県南部の丘陵地において叩き網法により,アラカシにつく鱗翅目幼虫を採集した.延べ調査回数は124回に及んだ.1回の調査で約30本の樹を叩き,落下した全ての幼虫の個体数と種を記録した.ほとんどの幼虫を持ち帰り,若齢のうちは同種の数匹ずつを,成熟幼虫は1匹ずつをプラスチックケースに入れてアラカシ葉を与えて飼育した.羽化まで至った個体は,種を確認するとともに,発生消長を記録した.途中で寄生や病気の発生その他の要因で死ぬ個体が多かったが,蛹にまで至った個体の一部は,交尾器を取り出して検鏡し種を確認した.幼虫の落下個体数と種数に関しては,各月の前半と後半ごとに平均値を求めて集計した.アラカシの樹木を陽の当たり具合から3つのカテゴリーに分けた.すなわち,(1)太陽光の一日中当たる林の外や南側の樹木,(2)一日の内,数時間の光が当たる遊歩道沿いや林縁の樹木,(3)光がほとんど当たらない林内の樹木である.それぞれの場所より毎月30枚ずつの葉を収集し葉の性質を調べた.調査内容は,葉の硬さ,水分量,タンニン量である.針を葉の上に落下させて貫通する高さと針の重量から位置エネルギーを算出した。葉の硬さは,位置エネルギーで示した.また,2gの葉をすりつぶし,ジクロロメタンでクロロフィルを抽出除去し,濃塩酸・ブタノール混合液で発色させた.タンニン量は,赤く発色した溶液の透過光量で示した.そして,乾燥重量は,一定量の生葉から乾燥葉の重量を引いて求めた.これらの葉の物理・化学的な性質の測定は,高等学校科学部の生徒に対する理科教育指導の一環として行った.成虫を羽化,もしくは交尾器の検鏡などで種が確認できたのは121種に及んだ.幼虫は種数・個体数とも4月で最も多く,30本あたりのアラカシ灌木より100頭以上が落ちることも珍しくなかった.また,この季節は,陽樹・中間樹の落下数が多く陰樹に勝っていた.しかし,その後,5月に入って個体数は,急速に減少し,夏季から秋季にかけては,ほとんど落ちないこともあった.それに対し,陰樹は年間を通して幼虫が落下し,ある程度の個体数が常に得られて全く採集できなくなることはなかった.1年間の総数は,陰樹の個体数が遙かに勝っていた.この地方においてアラカシの葉は,3月の下旬より5月の上中旬までは新葉が展開し,柔らかい葉を付けた枝が樹木の表面を覆う.その後,5月中・下旬より6月中旬までは新葉が硬くなり,6月下旬以降は,当年葉がさらに硬化して旧葉との区別ができなくなる.陽樹葉は,硬化も急速に起こり年間を通して硬さに勝っていた.当年葉の全ての葉で,月日が経つにつれて水分量は減少したが,陰樹葉の含有量は他に勝っていた.陽樹葉で6月にかけて著しくタンニン量が増加したがその後,減少した.年間を通して陰樹葉,中間樹葉は大きな変動がなく,5月から6月にかけてわずかに増加するものの,ほぼ一定の量で推移した.幼虫の個体数および種数のいずれもが葉が硬くなるほど減少し,葉の硬さとの間に相関が見られた.また,幼虫個体数および種数のいずれもが葉の水分量が多くなるほど増加し,葉の水分量との間に相関が見られた.さらに,タンニン量が増えるほど幼虫個体数は減少し,相関が認められたが,幼虫種数とタンニン量の間には相関が見られず,タンニンに強く適応した種がいることが示唆された.陽樹葉のタンニン量は6月まで急速に増加するがその後減少した.減少する頃から陽樹では堅果が成長し始める.この減少は堅果の発達と関わりが深いと考えられた.しかし,減少しても陰樹や中間樹よりは,陽樹葉のタンニン含有量は多く,摂食幼虫からの食害を阻害する効果が保たれていた.陽樹葉のタンニンの多い硬い葉は,幼虫の食害を受けにくいが,タンニン量よりも硬さの方が個体数を減少させる効果があるように思われた.

収録刊行物

  • 蝶と蛾

    蝶と蛾 61 (1), 68-78, 2010

    日本鱗翅学会

参考文献 (10)*注記

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