『根本説一切有部律』「薬事」新出サンスクリット写本断片

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  • A Brief Note on the Newly Found Sanskrit Fragments of the Bhaiyajyavastu of the Mulasarvastivada-vinaya
  • A Brief Note on the Newly Found Sanskrit Fragments of the Bhaisajyavastu of the Mulasarvastivada-vinaya

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抄録

『根本説一切有部律』「薬事」には,これまで20世紀前半にギルギットで出土したサンスクリット語写本,漢訳,チベット語訳(以下GM, Chin, Tib)の三種のテクストが知られていたが,Jens-Uwe Hartmann, Klaus Willeの調査によってあらたな写本の存在があきらかになった.これは内容,字体ともにGMと近いものであり,すべて断片の状態とはいえ,「薬事」のGM散逸部分に関して数々の貴重な情報を提供する.本稿ではChin, Tibとの重要な異同を示す断片Fl9.3, F19.4(同一の葉に属する)について報告する.「薬事」中盤には相応阿含の一経典と涅槃経の一部に相当する記述があるが,GMでは当該箇所が現存せず,Tibでは全文が語られるのに対し,Chinでは「飢儉經」等の経典名を挙げたうえで省略されている.これはかつて漢訳者義浄による独自の省略とみなされたが,新出写本断片F19.3, F19.4には漢訳に一致する省略文があり,そこから「飢儉經」に相当するDurbhiksasutraという経典名が回収される.すなわちChinにおける省略は義浄の作為によるものではなく,義浄のもとついたサンスクリット原典に由来するものであった.さらに,これに続く説話の順序や経典の省略について,この一葉のなかに1. Tibと相違しChinに一致,2. Tibと一致しChinと相違,3. TibともChinとも相違,の三種の異同関係がみられる.従来『根本有部律』Chinは,Tibよりは不正確ないし不完全なものとみられがちであったが,義浄の漢訳が往々にして正しく原典の記述を伝えていたこと,すなわちTibとChinそれぞれのサンスクリット原典が異なっていたことは,本稿に挙げた事例を含め,新出写本によってこれまで以上に明確になると考えられる.

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