温度勾配・濃度勾配の共存下での生体高分子の非平衡輸送現象

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タイトル別名
  • Non-Equilibrium Transport of Biopolymers and Colloids in the Coexistence of Temperature and Concentration Gradients
  • オンド コウバイ ・ ノウド コウバイ ノ キョウゾン カ デ ノ セイタイ コウブンシ ノ ヒヘイコウ ユソウ ゲンショウ

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抄録

<p>温度勾配や電場などの下で粒子・分子が一方向的に輸送されることを輸送現象という.溶液中において温度が異なる2点間では温度勾配が形成され,熱流が生じる非平衡系となる.温度勾配下でのコロイド粒子や生体高分子の輸送現象は熱泳動またはSoret効果(Ludwig–Soret効果)とよばれる.熱泳動は他の輸送現象,例えば電気泳動や誘電泳動とは異なり,輸送される粒子や分子の表面電荷や誘電率など物質固有の性質よりむしろ粒子表面と溶媒間の相互作用に輸送を駆動する物理的起源がある.熱泳動する粒子表面に発生する界面張力勾配の統一的な理解は,輸送現象の物理学における中心課題の1つであり,その理解を通じて新たな分子技術をもたらすと期待される.とくに,生体高分子や細胞の操作ではμmからサブミクロンまで小型化することが求められ,微小熱源による熱泳動は最も有望な物理現象である.我々は生体高分子(DNA・RNA)や荷電コロイド粒子が高分子溶液中で示す熱泳動現象を実験と理論的解析から研究を行い,温度勾配下で新規の局在パターンが生じること,そして熱泳動分離という新たな分子ふるいが起こることを新たに発見した.</p><p>赤外線レーザー(波長1,480 nm)を集光し,温度勾配∇T=0.25 K/μmを形成する実験系を構築した.水溶液にはPolyethylene glycol (PEG)を1.0~5.0%の体積分率で加え,さらに溶質としてコロイド粒子やDNAが含まれる混合溶液における溶質の熱泳動を計測した.その結果我々は(1)2.0%~3.5% PEG中で,溶質が高温熱源付近でリング状の局在パターンを形成すること,(2)高濃度5.0% PEG存在下で高温領域に溶質が濃縮されるパターンを生むこと,(3)さらに溶質のサイズによって局在パターンが変化し分子分離が起こることを見いだした.</p><p>なぜ高分子溶液中に温度勾配を形成することでコロイド粒子やDNAなど溶質のリング状の局在パターンが形成されるのだろうか.まず水溶液中の熱泳動現象では水よりも比重が重い溶質PEGを低温側へ輸送するため,PEGの濃度勾配が形成される.PEGの濃度勾配下では,コロイド粒子やDNAら溶質の表面に沿って浸透圧差と静水圧差に不均衡が生じ,表面近傍でずり流動が生じる.これは拡散泳動とよばれており,溶質に対しては温度勾配と濃度勾配に起因する2つの熱力学的な力が作用することを意味する.そこで我々は温度勾配下での熱泳動とPEG濃度勾配による拡散泳動,そして拡散を考慮した溶質の輸送に関する理論的モデルを解析し,定常状態における溶質のリング局在と濃縮パターンという空間分布が再現されることを明らかにした.濃縮とリング状パターン形成に粒径に対する非線形な依存性を考慮することで,温度勾配を形成することでサイズの異なる2種の溶質をわける分子分離が実現すると考えられる.</p><p>さらに,高分子溶液中の温度勾配下における溶質の熱泳動は,局所的に分子濃度を高めて空間的な濃度分布を光で制御する新たな技術の基礎となる.この輸送現象は溶質表面に沿った浸透圧勾配に駆動されているため,溶質の熱伝導率や電磁気学的な特性に依存することがない.我々はこのマテリアルの性質への依存性が少ない点を利用し,従来の方法では直接的な操作が難しいタンパク質やRNAなどの生体高分子の分布操作,そして生きた細胞を局所濃縮する新たな操作技術を開発した.新技術の開発のみならず,濃度勾配下での拡散泳動が細胞内で果たしうる機能の探索や,輸送現象で動作する人工分子機械の設計などへの波及が期待される.本稿では温度勾配・濃度勾配の共存下での輸送現象の基礎から応用を概説したい.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 71 (11), 746-751, 2016

    一般社団法人 日本物理学会

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