イオンのクーロン結晶が拓く星間分子生成反応の研究

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タイトル別名
  • Exploration of Cold Ion Chemistry Using Ion Coulomb Crystals
  • イオン ノ クーロン ケッショウ ガ ヒラク ホシ カン ブンシ セイセイ ハンノウ ノ ケンキュウ

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抄録

<p>星間空間には低密度だが大量の星間物質(原子,分子,イオン,塵)が存在し,天文観測によってこれまでに180種を超える星間分子の存在が確認されている.この事実は,星間空間という極限環境下であっても多種・多様な化学反応が起きていることを示唆している.とりわけ星間物質が豊富に存在している領域は星間分子雲と呼ばれ,その分子組成と化学進化の理解は星の誕生過程の研究にとって重要である.それ故,星間化学の分野では,分子生成に関わる反応ネットワークモデルの構築,及び反応速度定数データに基づく数値シミュレーションを駆使し,分子雲の化学進化の研究が行われている.</p><p>分子雲に含まれる物質の総量は膨大であるが,分子数密度は概ね102–106 cm–3の範囲にあり,極めて密度が低い.また,その環境温度は10–100 Kと低温であるため,反応障壁を有する反応は殆ど起こらない.観測で見つかる星間分子の多くは,主として反応障壁を有しないイオンや中性ラジカルによる気相反応を経由して生成されたものであると考えられている.その中でも引力が働くため低温で反応断面積が大きくなるイオン–極性分子間の反応は星間分子生成において非常に重要である.分子雲の化学進化シミュレーションでは,室温で測定された反応速度定数の外挿値や理論計算によって求められるイオン–極性分子間の捕獲速度定数が利用されている.その理由は,極性分子の多くが100 K以下の低温で容易に凝縮してしまい,既存の実験方法では気相・低温下での反応速度測定が困難だったからである.</p><p>しかし近年,極性分子の回転エネルギー準位に対するシュタルク効果を利用した実験装置が開発され,極低温の極性分子ビームの生成が可能となった.一方,レーザー冷却法によって生成される“イオンのクーロン結晶”を冷媒として利用すれば,直接レーザー冷却することが困難な分子イオンを極低温へ冷却することが可能である.さらに,レーザー冷却されたイオンが発するレーザー誘起蛍光を利用すれば,クーロン結晶に埋め込まれた極めて少数の分子イオンを単一粒子感度で検出することも可能である.</p><p>最近,著者らのグループは,これら2つの実験技術を組み合わせた新しい低温イオン–極性分子反応測定装置を開発し,星間分子生成反応であるCH3CN+N2H+→CH3CNH++N2を含む,複数のイオン–極性分子反応の反応速度定数を,並進温度10 K以下で測定することに成功した.これまで殆ど手付かずの状態にあった低温におけるイオン–極性分子反応の研究に新しい可能性が拓けたといえる.今後,広範囲にわたる並進・回転温度での低温イオン–極性分子反応の系統的測定が予定されており,これまで見出されていないような反応速度定数の温度依存性が発見される可能性がある.本研究の進展によって,星間化学データベースへの貢献に加え,原子分子過程理論へのフィードバックが期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 71 (10), 695-700, 2016

    一般社団法人 日本物理学会

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