経頭蓋直流電気刺激の上肢運動機能に対する効果

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タイトル別名
  • シングルブラインドクロスオーバーコントロール試験

抄録

【目的】<BR> 経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation: tDCS)は、非侵襲性脳刺激法として近年注目されている。頭蓋に微弱な電流を与えることにより、電極下の脳活動を促進あるいは抑制させることが可能な方法あり、陽極刺激では脳活動が促進、陰極刺激では抑制されることが知られている(Schlaug, 2008)。経頭蓋磁気刺激に比較して安全性が高く、有害な副作用の報告もほとんどなく、運動や認知機能、疼痛や精神症状に対する治療として欧米を中心に実施されてきている。リハビリテーションや理学療法の分野においても徐々にtDCS研究の成果が報告されつつあり、臨床応用も期待されている(Dobkin, 2008)。しかしながら、国内におけるtDCS研究は散見される程度であり、tDCSの効果を実証した研究の多くが国外研究である。tDCSの効果を明らかにし、理学療法治療への応用が実現すれば運動障害に対する理学療法のさらなる発展が期待できる。そこで本研究では、tDCSが健常者の非利き手での上肢運動機能の向上を促進するかを検証することを目的とする。<BR><BR>【方法】<BR> 参加者は右利き健常者14名(平均年齢21.7±1.0歳、男性12名、女性2名)とし、ターゲット運動は左上肢の巧緻運動とした。研究デザインはシングルブラインドクロスオーバーコントロール研究とした。tDCSは、陽極tDCS条件(A-tDCS)と偽性tDCS条件(Sham-tDCS)の2条件とし、各参加者に対してランダムな順序で実施した。電極設置は脳波10-20法に従い、右運動野上(C4)に陽極、左前頭眼窩領域に陰極を設置した。刺激電極のサイズは35cm2とし、A-tDCSでは刺激強度1mAで20分間刺激した。Sham-tDCSでは、A-tDCSと同様の設定で最初の30秒間のみを通電し、それ以降は0mAで実施した。参加者全員および評価実施者は、tDCS条件をマスクされた。<BR> 主要アウトカムは、上肢巧緻運動計測をUM-ART(ヒューテック社製)を使用し円描画課題を実施した。この課題では、タブレットPC上の見本円図形を左手で把持したペンでなぞり、軌跡長、見本図形からのはみ出し面積、ずれ平均距離を計測した。二次アウトカムとして、握力、足趾力計測(チェッカーくん:日伸産業社製)を測定した。足趾力計測では、母趾と示趾で計測器を挟んだ際の圧力を計測した。評価はtDCS前(Pre)、tDCS直後(Post)、tDCS30分後(Post30)の時期に3回実施した。統計学的分析は、繰り返しのある2元配置分散分析を有意水準5%未満で実施し、post-hoc testはBonferroniの多重比較で実施した。なお、本研究は畿央大学研究倫理委員会の承認を得て実施した。<BR><BR>【説明と同意】<BR> 研究参加者に対して、研究内容を書面および口頭で説明し、研究参加同意書をもって同意を得た。<BR><BR>【結果】<BR> 参加者全員が、A-tDCSおよびsham-tDCSセッションを安全に実施することができた。主要アウトカムである軌跡長、ずれ平均距離においてA-tDCSとSham-tDCS間に有意な差を認めなかった。しかしながら、A-tDCSにおいてはみ出し面積の有意な減少が観察され(p<0.05)、さらにその効果はA-tDCSの30分後まで持続した。二次アウトカムである足趾力では、A-tDCSでPreと比較してPostおよびPost30で有意な増加が観察された(p<0.01)。握力に関しては、A-tDCSとSham-tDCS間で有意な差を認めなかった。<BR><BR>【考察】<BR> tDCSが、健常者の非利き手における巧緻運動パフォーマンスを向上させることが明らかとなった。先行研究では、健常者に対する連続的系列指動作を使用し、その正確性を評価した認知的要素を含んだ運動課題を使用している。しかし、本研究ではペンタブレットを使用した精密な描画運動によりtDCSの効果を明らかにした。tDCSによる効果の生理学的なメカニズムとしては不明な点が多いが、経頭蓋磁気刺激のような興奮性スパイクを引き起こすことなく、静止膜電位を興奮側に導く効果があると考えられている(Tanaka, 2009)。それによって、運動の学習効率が向上し、より習熟した技能の獲得が可能となったと考える。しかしながら、握力など他の要素には効果を認めなかったことから、さらに細かな条件を設定し、tDCSの効果を検証していく必要があると考える。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究は、運動機能向上に対するtDCSの効果を検討した国内では数少ない報告である。tDCSの安全性と健常者における上肢運動機能に及ぼす効果が明らかとなったことから、今後の理学療法やリハビリテ-ションへの応用が期待できされる。本研究は、今後のtDCSの臨床研究への基礎を築き、エビデンスに基づく理学療法の実践を実現する上で意義深いと考える。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A3O3002-A3O3002, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205567385984
  • NII論文ID
    130004581715
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a3o3002.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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