パーキンソン病の前屈姿勢異常に対する直流前庭電気刺激の試み

DOI
  • 岡田 洋平
    畿央大学健康科学部理学療法学科
  • 喜多 頼広
    西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部
  • 中村 潤二
    西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部
  • 谷澤 恵美
    西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部
  • 森本 茂
    西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部
  • 庄本 康治
    畿央大学健康科学部理学療法学科

書誌事項

タイトル別名
  • 症例報告

抄録

【はじめに、目的】 パーキンソン病(PD)の前屈姿勢異常は歩行や食事動作など日常生活動作に与える影響が大きい。前屈姿勢異常は腹筋群のジストニア,脊柱起立筋のミオパチーなど多要因が関連すると考えられており,治療法は確立されていない。近年PDの前庭機能障害と側屈姿勢異常の関連が報告され,前屈姿勢異常とも関連する可能性がある。 直流前庭電気刺激(galvanic vestibular stimulation: GVS)は前庭系を刺激し,前後,側方への姿勢傾斜を誘発可能であり,耳鼻科検査や神経生理学的手法として利用されてきた。近年,GVSは脳卒中の空間認識障害などに対する介入手段として利用し始められている。GVS実施時,電極を隆椎両外側と両乳様突起に貼付し,乳様突起を陰極にすると前方姿勢傾斜を,乳様突起を陽極にすると後方姿勢傾斜を誘発可能である。我々はPDの前屈姿勢異常に対して後方姿勢傾斜を誘発する隆椎両外側と両乳様突起間のGVSを乳様突起陽極にて一定時間実施することにより体幹屈曲角度が改善すると仮説形成した。本研究は,前屈姿勢異常を呈するPD患者1例に対して両乳様突起,隆椎棘突起両外側へのGVSを2種の極性で実施し,sham刺激と比較することにより,体幹屈曲角度に与える影響について予備的に検討した。【方法】 症例は73歳男性,罹病期間13年でヤール重症度分類3の前屈姿勢異常を呈するPD患者であった。抗PD薬は本研究実施前の1年間および研究期間中変更がなかった。外科治療は非実施で,脊椎,前庭疾患の既往はなかった。前屈姿勢異常に対して通常理学療法を8か月間実施したが改善が見られなかった。GVSは電極を隆椎両外側と両乳様突起に貼付し,多機能型電気刺激装置(Chattanooga Intelect Advanced Combo, DJO Global)を使用し理学療法士が実施した。GVSを乳様突起陰極,sham刺激,乳様突起陽極の3条件で実施し,各条件間は1.5ヶ月あけた。乳様突起陽極,陰極条件では1.5mAで20分間1セッション,背臥位にてGVSを実施した。評価項目は各条件の刺激前後の開閉眼立位時の体幹屈曲角度とした。介入および評価は抗PD薬内服1.5時間後に実施した。本研究期間中も通常理学療法は継続した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は畿央大学,西大和リハビリテーション病院研究倫理委員会の承認を得て実施した。実施前に対象者に本研究の趣旨と目的を十分説明し自署による同意を得た。本研究はヘルシンキ宣言に基づき,被験者の保護には十分留意して実施した。【結果】 乳様突起陰極のGVS前後の体幹屈曲角度は,開眼時33.1度から22.5度へ10.6度(32.1%),閉眼時45.1度から19.9度へ25.2度(55.8%)減少した。sham刺激前後の体幹屈曲角度は,開眼時25.3度から20.2度へ5.1度(20.2%),閉眼時36.0度から29.9度へ6.1度(16.9%)と減少したが,その程度は小さかった。乳様突起陽極のGVS前後の体幹屈曲角度は,開眼時14.9度から11.2度へ3.7度(25.0%),閉眼時27.7度から10.9度へ16.8度(60.6%)減少した。【考察】 前屈姿勢異常を呈するPD患者一例に対して隆椎両外側と両乳様突起間のGVSを乳様突起陽極,陰極の2条件で実施し,両条件ともsham刺激と比較して体幹屈曲角度が著明に改善した。前屈姿勢異常には後方姿勢傾斜を誘発する乳様突起陽極のGVSが有効であると仮説形成していたが,本症例は乳様突起陰極,陽極の両条件とも体幹屈曲角度に顕著な改善を認めた。本症例に対する隆椎両外側と両乳様突起間のGVSは極性に関係なく前屈姿勢異常に有効である可能性を示唆しており,前屈姿勢異常と前庭機能の関連は明らかでない。 PDの前屈姿勢異常には腹筋群のジストニアが関与すると考えられている。先行研究において頸部ジストニアに対して前庭刺激すると,刺激側の頸部屈筋である胸鎖乳突筋の過剰活動が軽減したと報告されている。また,一側球形嚢の刺激により同側胸鎖乳突筋の異常活動を抑制することが報告されている。以上より,本症例に対する隆椎両外側と両乳様突起間のGVSは両側球形嚢を刺激し,腹筋群の持続的な異常活動を軽減し前屈姿勢異常が改善した可能性がある。今後は症例数を蓄積し,PDの前屈姿勢異常に対するGVSの有効性,効果の機序を検証する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 前屈姿勢異常を呈するPD患者一例に対してGVSを介入手段として使用し,著明な効果を認めた国内外初の研究である。GVSはPDの前屈姿勢異常に対する新しい理学療法介入となる可能性がある。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48100902-48100902, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205571073536
  • NII論文ID
    130004585287
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48100902.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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