高齢者の椅子からの立ち上がり動作における重心移動と静的立位バランスの関係

  • 岡本 健佑
    大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科 大阪労災病院 リハビリテーション科
  • 落合 都
    大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科
  • 岩田 晃
    大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科
  • 樋口 由美
    大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科
  • 淵岡 聡
    大阪府立大学大学院 総合リハビリテーション学研究科

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説明

【目的】<BR> 椅子からの立ち上がり動作は日常生活活動において非常に重要な動作の一つである。その動作特性として,殿部も含めた広い支持基底面から足底だけで構成される狭い支持基底面内へ重心移動を行う必要がある。<BR> 立ち上がり動作についての研究は国内外で数多くみられるが,近年は高齢者を対象とした研究が増加している。星らは,高齢者は若年者より体幹を大きく前傾させ,殿部離床前に出来るだけ支持基底面に重心位置を近付けながら立ち上がる傾向があると述べている。しかし,立ち上がり動作が困難な症例では,殿部離床から下肢伸展にかけて前足部への荷重が不十分な場合が多い。また,石井によると,殿部離床後の重心制御が最も難しく,この時期に再着座する症例が多いと報告している。立ち上がり動作時に前方への重心移動が十分に行えない背景には,筋力やバランスの低下等の加齢に伴う身体機能低下が関係していると考えられる。<BR> 立ち上がり動作と下肢の関節可動域や筋力との関連についての研究は多くみられるが,バランス能力との関連についての研究は少なく,特に立ち上がり動作時の重心移動特性と静的立位バランスを比較した研究は見当たらない。そこで,本研究では,立ち上がり動作時の殿部離床から下肢伸展相における重心移動の特徴と,静的立位バランスとの関係を明らかにすることを目的とした。<BR>【方法】<BR> 整形外科的,神経学的疾患の既往のない60歳以上の健常高齢者19名(平均年齢69.3±17.6歳,男性4名,女性15名)を対象とした。動作課題は座面高40cmの椅子からの立ち上がり動作とし,小休止を挟んで3回行わせた。動作開始時の下腿は床面に対して90°に設定し,動作中は上肢で大腿部や椅子を支持しないこととし,普段通りの速さで動作を行うよう指示した。動作中の重心移動は,足圧分布測定システムF-SCAN(ニッタ社製)を用いて記録し,殿部離床から下肢伸展相における前後成分を足底面の前後径に対する割合として算出し,足圧中心移動距離として解析に用いた。静的立位バランスは,安静立位時の重心動揺を重心動揺計(アニマ社製)によって測定し,総軌跡長,外周面積,単位面積軌跡長(総軌跡長を外周面積で除して算出)の解析に用いた。<BR> 結果の分析は,動作時の足圧中心移動距離と立位バランスの各指標について,2項目間のPearson積率相関係数を算出し,有意水準を5%未満として検討した。<BR>【説明と同意】<BR> 本研究は本学研究倫理委員会の承認を得た後,対象者に文書を用いて研究内容を十分に説明し,書面による任意の同意を得て行った。<BR>【結果】<BR> 全例において,足圧中心は一度踵側へ移動してから,爪先側へ移る軌跡を辿った。対象における足圧中心移動距離の平均値と標準偏差は29.8±12.8%であった。対象の重心動揺の平均値および標準偏差は,総軌跡長29.6±7.3cm,外周面積1.6±0.9cm2,単位面積軌跡長21.6±9.4cmであった。足圧中心移動距離と単位面積軌跡長に有意な負の相関がみられた(r=-0.50,p<0.05)が,総軌跡長,外周面積には有意な相関を認めなかった。<BR>【考察】<BR> 立ち上がり動作時の前後方向における足圧中心位置と重心位置は,殿部離床以降はほぼ一致しているとされており,本研究では,立ち上がり動作時における殿部離床以降の水平面上の重心移動と足圧中心移動を同義とした。<BR> 今回の結果から,静止立位時の単位面積軌跡長が短いほど,立ち上がり動作時における前方への重心移動距離は長くなることが分かった。安静立位時における単位面積軌跡長は,総軌跡長や外周面積とは独立したパラメーターで,立ち直りの緻密さを表すとされており,高齢者に比べ若年者は短い傾向がある。これらのことから,安静立位保持の際に重心移動制御を緻密に行える能力が高いほど,支持基底面内での安定性限界が広く,立ち上がり動作時の殿部離床後に重心をより前方へ移すことを可能にしたと考えられた。<BR> 一方,静的立位時の重心動揺の長さや範囲は立ち上がり動作時の重心移動特性と関連がないように思われた。これは今回の対象が明らかなバランス不良のない,地域で自立生活を送る高機能な高齢者であったため,これらの指標では動作との関連がみられなかったと考えられた。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 立ち上がり動作が自立することは,活動範囲を拡大する上で不可欠である。立ち上がり動作時の重心移動は動作の遂行に非常に重要であるが,身体機能面における立位バランスとの関係性はまだ明らかになっていない。今回の結果から,安静立位時の単位面積軌跡長を測定することが,立ち上がり動作特性の一端を知る上での一つの指標となりうる。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI2104-AbPI2104, 2011

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

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