睡眠が上肢運動学習に及ぼす影響

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  • ランダム化比較試験

抄録

【目的】<BR> 学習とは,手続き記憶や陳述記憶の長期記憶把持を意味し,現在,運動学習においては,反復練習やその過程が重要視されている。また近年,運動学習に関連して睡眠が注目され,覚醒中に練習した技能や記憶が睡眠中に積極的に強化および固定化されていると推測されている。これを裏付けるように,睡眠しないことにより学習効果が向上しないことも報告されている(Grosvenor,1984)。しかし,運動学習と睡眠効果を検証した先行研究では,手指タッピング課題など限られた部位での運動課題を使用した報告が多く,日常生活で要求される上肢全体での運動を反映しているとは言い難い。そこで今回,手指を含めた上肢全体の巧緻運動課題を使用し,運動学習と睡眠効果について検証することを目的とした。<BR><BR>【方法】<BR> 健常成人18名(男性10名,女性8名,平均年齢20.8±1.3歳)を対象とし,各被験者を無作為に9名ずつの睡眠群,非睡眠群の2群に割りつけた。今回,上肢の運動学習を検証するために使用した巧緻運動課題には,上肢機能評価が可能であるユーエム・アート(ユニメック社製)による図形描写を採用した。描写する図形は直径12cmの円とし,図形描写にはペンタブレットを使用した。実際の課題測定時には,ペンタブレットのモニター上に円周は表示せず,表示していない円周上を移動する移動マーカーのみが表示されるよう設定した。移動マーカーの移動速度は50mm/秒とした。被験者には,椅子座位姿勢を保持し,非利き手にてペンタブレット用のペンを使用して移動マーカーをモニター上で追跡するよう指示した。測定項目は,円周に対するはみ出し面積およびずれ平均値とした。測定手順について,ベースライン測定として,睡眠群,非睡眠群ともに課題を2回練習した後,10回反復測定した。そして,睡眠群は睡眠を含む12時間後,非睡眠群は睡眠を含まない12時間後に課題測定を実施した。介入後の測定では,練習を行わずにベースライン測定と同様に実施した。また,睡眠の質について,ピッツバーグ睡眠質問票によるアンケートを実施した。統計学的分析には反復測定ニ元配置分散分析およびMann-WhitneyのU検定を使用し,統計学的有意水準は5%未満とした。<BR><BR>【説明と同意】<BR> 本研究は,畿央大学研究倫理審査委員会の承認(H21-22)を受け実施した。そして,事前に全ての参加者に対して本研究について説明し,文書にて同意を得た。<BR><BR>【結果】<BR> 睡眠群と非睡眠群の比較では,主効果(はみ出し面積:p=0.68,ずれ平均値:p=0.81),交互作用(はみ出し面積:p=0.34,ずれ平均値:p=0.25)ともに認めず,睡眠による有意な学習効果はみられなかった。各測定項目の群内比較では,睡眠群において,はみ出し面積4.64±0.90cm2,ずれ平均値0.10±0.02cm,非睡眠群においては,はみ出し面積4.66±0.65cm2,ずれ平均値0.11±0.02cmであった。また,ピッツバーグ睡眠質問票における合計得点においても有意差を認めなかった。<BR><BR>【考察】<BR> 今回,手指を含めた上肢全体の巧緻運動課題を使用し,運動学習と睡眠効果について検証したが,明らかな効果は認められなかった。この原因の一つに,睡眠効果に対する課題特異性の可能性が示唆される。Doyonら(2009)は,手指タッピング課題では睡眠依存の学習強化が認められたが,視覚運動適応課題では認められなかったと報告している。これまでの先行研究で使用されている手指タッピング課題の多くは,反応速度や順序の記憶などを要求するものであるが,今回の巧緻運動課題では手続き記憶の必要性が低く,そのため睡眠効果が出現しなかった可能性も考えられる。またDeniseら(2009)は,睡眠効果にはサーカディアンリズムなどの生体の恒常性も影響するとしており,睡眠の時間帯や睡眠の質についても考慮する必要性が考えられる。現在,睡眠による運動学習効果については,否定的な先行研究も散見されるため,睡眠が即座に運動学習に結びつくかどうか,課題条件や睡眠に関わる環境なども含め,今後さらに検証する必要性が示唆された。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 現在,睡眠による運動学習効果やそのメカニズムについて,未解明な部分が多い。今回の結果から,睡眠効果の課題特異性の存在も推測され,睡眠を併用した運動学習には適応や条件が存在する可能性を示唆するものである。本研究は,運動治療に及ぼす要因を考慮し,より運動学習効率の高い方法で理学療法を検討していく上での,基礎的情報を提供する意義深い研究と考えている。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI2024-AbPI2024, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205571290624
  • NII論文ID
    130005016564
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.abpi2024.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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