股関節伸展制限が歩行中における脊柱起立筋と大腿四頭筋の筋活動に及ぼす影響
説明
【目的】高齢者や股関節疾患における股関節伸展制限は,歩行速度の低下や歩行中における骨盤の代償運動の原因となる.しかし,股関節伸展制限は骨盤の代償運動の原因となるが,股関節伸展制限が歩行中の体幹や下肢筋の筋活動に与える影響を検討した報告は見当たらない.また,臨床場面において,股関節伸展制限のある症例に対して,速歩による歩行分析を行うと骨盤の前後傾による代償運動が顕著となることが多い.このように歩行速度が異なることで骨盤の代償運動にも差が生じるが,股関節伸展制限による歩行中の筋活動の変化が歩行速度の影響を受けるかどうかを検討した報告もない.そこで,本研究の目的は,1)股関節伸展制限が歩行中の体幹や下肢筋の筋活動に及ぼす影響について検討すること,2)股関節伸展制限による歩行中の体幹や下肢筋の筋活動の変化は歩行速度により異なるかどうかを検討することとした.<BR>【方法】対象は整形外科的及び神経学的疾患を有しない健常成人男性10名(年齢26.1±4.4歳)とした.歩行条件は,対象者の右側下肢にダイヤル式股関節伸展制限装具を着用し,通常歩行ならびに右側下肢を股関節0°と30°伸展制限をさせた3条件にて,それぞれトレッドミル(酒井医療株式会社製)上で歩行させた.また,歩行速度は2km/hと4km/hにて行った.筋活動の測定には,表面筋電計Data LINK(Biometric社製)を用いた.測定筋は右側の脊柱起立筋(以下,LES),中殿筋(以下,Gm),大殿筋上部(以下,GM),内側広筋(以下,VMO)の4筋とした.筋電図の導出部位は,LESは第4腰椎棘突起から外側2cm,Gmは腸骨稜と大転子を結ぶ線の近位1/3,GMは大転子と仙椎下端を結ぶ線上外側1/3,VMOは膝蓋骨上縁から内側2横指とした.また,foot switchを右側下肢の踵部と母指MP関節に添付し,歩行周期を立脚初期(踵接地~つま先接地),立脚中期(つま先接地~踵離地),立脚後期(踵離地~つま先離地),遊脚期(つま先離地~踵接地)の4期に分けた.筋電図の波形処理は,安定した3歩行周期をroot mean squareにより平滑化し,各歩行周期の平均値を求めた.さらに最大等尺性収縮を100%として正規化し,%RMSを算出した.統計には,反復測定一元配置分散分析と多重比較法を用い,有意基準は危険率5%未満とした. <BR>【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき,各対象者に本研究の趣旨と目的を詳細に説明し,参加の同意を得た.<BR>【結果と考察】立脚中期におけるLESの%RMSは,2km/hの歩行速度では通常歩行11.0±4.5%,股関節0°伸展制限9.6±4.2%,股関節30°伸展制12.8±5.4%,4km/hの歩行速度では通常歩行10.0±4.4%,股関節0°伸展制限10.6±4.2%,股関節30°伸展制限13.3±8.0%であり,2km/hと4 km/hの両条件で股関節30°伸展制限では通常歩行と比較して有意に高い値を示した.また,遊脚期におけるVMOの%RMSについては,2km/hの歩行速度では通常歩行4.5±3.0%,股関節0°伸展制限6.2±3.2%,股関節30°伸展制限7.2±5.6%,4km/hの歩行速度では通常歩行5.9±2.8%,股関節0°伸展制限7.2±5.0%,股関節30°伸展制限8.6±6.1%であり,2km/hと4 km/hの両条件において,股関節30°伸展制限では通常歩行と比較して有意に高い値を示した.本研究の結果,2km/h,4km/hでの立脚中期では,股関節30°伸展制限では通常歩行よりLESの%RMSが有意に高い値を示した.これは,立脚中期では股関節伸展制限により腰椎前彎・骨盤前傾の代償運動が出現することで,LESの筋活動が高くなったと考えられた.また,健常人の遊脚期では股関節最大伸展位から股関節屈曲における大腿の前方への動きに伴い,重力により膝関節の伸展モーメントが生じるために下肢の振り出しに大腿四頭筋の筋活動は必要としない.しかし,股関節伸展制限を呈すると股関節最大伸展位から股関節屈曲における大腿の前方への動きが阻害されることから,VMOの筋活動が高くなったと考えられた.以上から,股関節伸展制限により生じる歩行中の筋活動の変化は歩行速度が異なる場合においても同様となることが明らかとなった. <BR>【理学療法学研究の意義】本研究の結果,股関節伸展制限は歩行中の腰部への負担の増加と大腿四頭筋の筋活動が非効率となることが明らかとなった.この結果は,歩行能力の向上や維持のためには股関節伸展の関節可動域の確保が重要であることを意味し,理学療法学研究としての意義があると考えられる.<BR>
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI2044-AbPI2044, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205571317888
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- NII論文ID
- 130005016584
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可