Dual task TUGの転倒リスク評価としての有用性
説明
【目的】<BR>高齢者の転倒に身体機能だけでなく認知機能や心理状態が大きく関わっていることは近年の研究によって明らかにされ、広く知られるようになっている。そこで、転倒リスク評価においても“計算しながら歩く”など二つの課題を同時に遂行する能力の評価、つまり二重課題(Dual task)条件下での評価の有用性が近年明らかになってきている。これはDual taskによる評価では、より日常生活に即した評価が可能なためである。また、Dual taskでの評価を行うことにより、身体機能だけでなく認知機能や遂行機能などの複合的な評価が可能である。さらに、転倒リスク評価として頻繁に用いられるTimed Up & Go test (TUG) にDual taskを応用した研究も散見されるが、転倒リスク評価としての有用性、妥当性についての一定の見解はいまだ得られていない。そこで、本研究ではDual taskを用いたTUGの転倒リスク評価としての有用性を検討し、その評価に関連する項目を明らかにすることを目的とする。<BR><BR>【方法】<BR>対象者は、通所型デイサービス施設を利用する65歳以上の地域在住高齢者とした。認知機能の低下が重度な者:Mini Mental State Examination (MMSE) 17点未満の者を除外対象とした。対象者にはSingle cognitive taskとして100から数字の逆唱を行うBackward counting (BC) 課題を坐位にて10秒間行わせ、その回答数、error数を計測した。また、Single motor taskとしてTUGを行わせた。その後に、BC課題をSecondary taskとしたTUG:Dual task TUG (D-TUG) を行った。対象者には事前の問診、または家族や施設スタッフからの情報収集により過去1年間の転倒経験を聴取し、その結果により転倒群、非転倒群の2群に分類した。同時に転倒に対する恐怖感の有無を聴取し、うつ状態の評価としてGeriatric Depression Scale (GDS) を計測した。GDSは15点満点であり、5点以上でうつ傾向、10点以上でうつ状態と評価される。統計解析は、TUGとD-TUGについてunpaired t-testを用い転倒群、非転倒群の2群間で群間比較した。さらに、D-TUGに関連する因子を抽出するために、目的変数にD-TUGを従属変数に年齢、性別、MMSE、GDS、転倒恐怖感の有無を用い、ステップワイズ法により重回帰分析を行った。有意水準はすべて5%未満とした。<BR><BR>【説明と同意】<BR>本研究は、神戸大学医学倫理委員会の承認を得た後に行われた。対象者には研究の目的・趣旨を文書と口頭にて説明し、書面による同意を得られた者のみを対象者とした。<BR><BR>【結果】<BR>測定を行うことができた91名のうち、除外対象を除く55名を対象者とした。対象者の平均年齢は83.6 ± 6.6 歳だった。転倒群は20名(男性2名、女性18名、平均年齢84.6 ± 5.8 歳)、非転倒群は35名(男性6名、女性29名、平均年齢 83.1 ± 7.1歳)だった。この2群間で年齢、性別、MMSE、GDSの全ての項目で有意差は見られなかった。TUGは転倒群で平均22.0 ± 9.9 sec、非転倒群で平均17.6 ± 8.1 secであり、転倒群で高い傾向がみられた(p = 0.08)。D-TUGは転倒群で平均29.1 ± 18.4 sec、非転倒群で平均20.7 ± 9.1 secで転倒群が有意に高値を示した(p = 0.03)。重回帰分析の結果D-TUGに関連する項目として、MMSE、年齢が抽出され、認知機能とDual taskとの関連が示唆された(MMSE:標準β = -0.44、p < 0.001、年齢:標準β = 0.37、p < 0.01)。<BR><BR>【考察】<BR>本研究では、TUGによる身体機能単独の評価よりもDual task でのTUGを行い認知機能を同時に評価することでより鋭敏に転倒経験者を識別できることから、Dual task TUGの有用性が示唆された。また、先行研究と同様に転倒と認知機能の強い関連が示唆された。今回の対象者は要介護認定を受けた比較的虚弱な対象者で、TUGの結果からも身体機能はすべての対象者で、ある程度低下していると考えられる。そのため、身体機能よりも認知機能の影響をより強く受けた可能性があり、今回のような虚弱な対象者に対してはDual task TUGが有用である可能性が考えられる。しかし、健常高齢者などの身体機能の高い対象者においても同様の結果が得られるかは不明である。今後は、身体機能あるいは認知機能の異なる高齢者それぞれに対し強く影響する因子を抽出し、対象者の特性に合わせた転倒リスク評価を検討していく必要があると考えられる。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>高齢社会である本邦において、地域における転倒予防を含めた予防的取り組みを実践することは理学療法士の役割として高い重要性を持つ。どのような対象者にも適応可能な、より標準的な評価法を確立するためには、身体機能だけでなく認知機能、心理状態などの多角的な評価を行い、その有用性を検討することが必要である。このような検討を行うことが、理学療法学の学問的発展への一助となると思われる。<BR>
収録刊行物
-
- 理学療法学Supplement
-
理学療法学Supplement 2009 (0), E3O2214-E3O2214, 2010
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
- Tweet
詳細情報 詳細情報について
-
- CRID
- 1390001205571324032
-
- NII論文ID
- 130004582790
-
- 本文言語コード
- ja
-
- データソース種別
-
- JaLC
- CiNii Articles
-
- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可