嚥下障害患者に対する呼気筋トレーニングが咳嗽および嚥下機能に及ぼす影響について

DOI
  • 俵 祐一
    聖隷クリストファー大学大学院リハビリテーション科学研究科 聖隷三方原病院リハビリテーション部
  • 夏井 一生
    聖隷三方原病院リハビリテーション部
  • 木村 健夫
    聖隷三方原病院リハビリテーション部
  • 大曲 正樹
    聖隷三方原病院リハビリテーション部
  • 工藤 貴司
    聖隷三方原病院リハビリテーション部
  • 吉川 卓司
    聖隷クリストファー大学大学院リハビリテーション科学研究科
  • 片桐 伯真
    聖隷三方原病院リハビリテーション科
  • 藤島 一郎
    浜松市リハビリテーション病院

抄録

【目的】<BR> 肺炎は本邦の死亡原因の第4位であり,そのうち96.5%が65歳以上の高齢者で占めている(厚生労働省平成20年人口動態調査)。国内の大規模な前向き調査では,全肺炎入院患者の66.4%が誤嚥性肺炎であり,年齢が上がるほどその比率が高くなるという報告や,嚥下障害を有する者は肺炎の発症率が高くなるという報告がある。したがって,誤嚥性肺炎の予防のために嚥下機能の改善や咳嗽能力向上を図ることが重要となるが,これらの機能向上を目的とした訓練方法はいまだ十分に確立されてはいない。<BR> 近年,咳嗽機能および嚥下機能向上を目的とした方法として呼気筋トレーニングが注目されており,パーキンソン病患者においてこれら両方の機能がともに改善したという報告がある。しかし,嚥下障害を来す代表的な疾患である脳卒中患者などでの検討は不十分で,また,咳嗽のメカニズムの一つである圧縮期を司る声門閉鎖を直接検討した報告もほとんど見当たらない。<BR> よって今回,脳卒中などによって発症した嚥下障害を有する患者に対し,呼出力を高める呼気筋トレーニングを行い,声門閉鎖も含めた咳嗽および嚥下機能の改善が得られるかを検討したので報告する。<BR>【方法】<BR> 対象は,聖隷三方原病院リハビリテーション科または浜松市リハビリテーション病院に入院および外来通院し,内科的に病態の安定している嚥下障害を有する患者8例,平均年齢74.5±10.4歳,男性7例,女性1例である。全例嚥下造影検査にて医師から嚥下障害と診断を受けていた。<BR> 方法は,まず初期評価として呼吸筋力(PImax,PEmax),肺機能検査(VC,%VC,FVC,FEV1,FEV1%,PEFR),咳嗽時最大流量(PCF),嚥下機能検査として反復唾液嚥下テスト(RSST),改訂水飲みテストおよび摂食・嚥下障害の質問紙を測定した。さらには,声門閉鎖機能の評価として,最長発声持続時間(MPT)ならびに最大発声時の声の強さ(dB)を測定した。検査中のリスクを軽減するために検査間には十分な休息をとり,血圧の測定も実施した。<BR> 各評価実施後,米国Healthscan社製Threshold IMTおよびThreshold PEPを,呼気の負荷圧をより高く設定できるよう接続改良した呼気筋トレーニング器具(最大負荷圧60cmH2O)を使用し,最大呼気圧の75%の負荷で1日5呼吸を5セット(計25呼吸),週5日の頻度で4週間呼気筋トレーニングを継続した。そして4週間後に再度呼吸筋力,肺機能検査,PCF,各嚥下機能検査,声門閉鎖機能の検査を実施し,呼気筋トレーニング前後での変化を検証した。統計解析はSPSS version 17を用い,危険率5%未満をもって有意とした。<BR>【説明と同意】<BR> 対象者には本研究内容を紙面と口頭にて十分に説明し,同意を得た上で研究に参加していただいた。なお,本研究は事前に聖隷クリストファー大学および聖隷三方原病院の倫理審査委員会に報告し,承認を得ている。<BR>【結果】<BR> 全症例とも4週間の呼気筋トレーニング実施は100%の完遂率であった。4週間の呼気筋トレーニング前後による各検査項目それぞれの変化は,PImax 29.4±12.8→37.5±18.7cmH2O(p<0.05),PEmax 46.2±16→60.5±19.1cmH2O(p<0.01),VC 2.2±0.6→2.5±0.5L(p<0.05),%VC 75.5±22.8→83.6±18.8%(p<0.05),FVC 2.0±0.6→2.3±0.6L(p<0.01),FEV1 1.5±0.5→1.6±0.5L(p<0.05),FEV1% 74.8±13.2→70.7±14.5%(p<0.05),PEFR 3.24±1.67→4.04±1.68 L/sec(p<0.01),PCF 184.4±94.5→216.9±111.2 L/min(p<0.05),RSST 3.0±1.1→4.1±1.6回(p<0.01),MPT 13.7±5.3→16.9±6.6秒(p<0.01),声の強さ53.2±9.6→64.3±9.2dB(p<0.05)とほとんどの項目で改善がみられたが,改訂水飲みテストの改善は認めなかった。また,摂食・嚥下に関する質問紙では,回答項目A,Bの両方で回答数に有意な改善を示した。<BR>【考察】<BR> 呼気筋トレーニングにより換気量,呼吸筋力さらには咳嗽および嚥下機能の改善が得られた。嚥下機能においては,トレーニングでの口腔内圧上昇の保持が鼻咽頭閉鎖などの咽頭筋群収縮を促し,それにより声帯の内転運動強化に影響したと考える。よって,脳卒中患者に対する呼気筋トレーニングは,咳嗽機能だけでなく嚥下機能の改善が期待でき,誤嚥性肺炎予防のための手段となりうることが示唆された。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 本研究により,嚥下障害を有する患者に対して呼気筋トレーニングを行うと,咳嗽機能だけでなく嚥下機能の改善も期待できることが示唆され,それにより誤嚥性肺炎の発症予防が期待できると考える。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), DeOS3052-DeOS3052, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205571461632
  • NII論文ID
    130005017578
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.deos3052.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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