重度起立性低血圧に対する理学療法アプローチの一考察
説明
【目的】上位の脊髄損傷では、自律神経症状が強く現れる事が多い。起立性低血圧は、臥位から起き上がると下肢や腹部内臓の血管床に血液が停滞するために生じるとされる。今回、頸髄損傷による重度の起立性低血圧が残存したが、克服し自宅復帰を達成した症例を経験した。理学療法を通して得た知見を報告する。<BR><BR>【方法】カルテによる後方視的調査を行い、本症例の経過を報告する。【症例】50歳代、男性。【診断名】C4/5不全損傷、C4辷り症、頸椎後方除圧術。【既往歴】アルコール性末梢神経障害、胃癌による胃全摘出、未破裂脳動脈瘤クリッピング術後。【受傷前生活】アルコール依存あり。急激な意識低下を伴う起立性低血圧を医師から指摘されていた。手足の痺れを有するが生活は自立。【現病歴】2階から転落し受傷。C4、5棘突起骨折、C3/4/5椎体前方の血腫を認め、左上下肢麻痺、膀胱障害を認め同日、椎弓形成術を施行。呼吸器管理されていたが、第80病日に気管切開孔閉鎖術を施行。第91病日当院へ転入院。前医より、起立性低血圧が重度であり、離床に難渋したと報告を受ける。<BR>【理学的所見】175cm、53kg。意思疎通良好で、意欲も高い。右上下肢の随意運動は問題が無く、左上下肢(特に左前腕~手指)に重度の麻痺を有する。ROMは左肩関節屈曲90°、外転70°、手関節背屈10°、DIP 、PIP関節屈曲5~10°の制限あり。右上肢、両下肢に制限なし。筋力はMMTにて、左側は上肢2、手指1、体幹3、股関節2、膝関節3、足関節1~2レベル。右側は4レベル。感覚は左側に痺れの増強あり。両側に軽度の姿勢反射障害を認め、立位では左下肢荷重時に膝折れを呈す。ADLは起立性低血圧のため日中はベッド上臥床のみであり、FIM運動項目30点、認知項目33点。<BR>【血圧】安静背臥位では、収縮期血圧(以下SBP)140mmHg程度でギャッジアップするもSBP140mmHgと変化なし。ベッド上長座位では、SBP100mmHgに低下するが、自覚症状、他覚症状なし。端座位では、SBP70mmHg に急低下、意識混濁、蒼白、冷汗を認める。弾性緊縛帯や腹帯を使用したが、改善はなし。臥位にて抵抗運動を行うと、容易にSBP200mmHg台になる。歩行は右ロフストランド杖を使用し、最小介助で可能であるが5m程度でSBP60~70mmHgに急低下、意識混濁に陥る。<BR><BR>【説明と同意】報告にあたり、本人ならびに家族から同意を得ている。<BR><BR>【結果】運動による血圧変動の危険性を説明後、同意を得た上で医師同伴にて治療を進めた。初期評価の結果から、血圧変動が著明な端座位と背臥位以外の運動を行う必要があったが、静的立位保持では意識混濁を認めた。そこで、前方に設置した椅子に両下腿を乗せ、長座位姿勢をとった後、速やかに起立・着席の反復運動、4~5mの歩行練習を頻回に実施した。終了後は、速やかに長座位へ戻した。この方法では、SBPは100mmHg程度で保たれ、意識低下をきたす事はなかった。入院後1カ月、監視下で歩行はT字杖使用し連続100mを2~3回、階段昇降は手すりを使用し可能になった。臥位から起き上がった直後に長座位をとり、血圧が安定した後には、端座位でも意識低下を認めなくなった。しかし、急に臥位から端座位になると意識混濁を認めた。入院後2ヶ月、運動療法による運動能力、起立性低血圧の変化が乏しくなったため、環境設定と患者指導を加えたアプローチを実践した。内服する昇圧剤が効き始める午前9時以前は端座位をとらない・ベッド上長座位で身体を慣らした後に端座位をとる・血圧が安定した後は、ベッドに臥床せず夕方まで車いす座位で過ごす生活パターンの指導を病棟スタッフ、家族と協同して行った。これらを獲得するまでに時間を要したが、日常生活の自己管理が可能になり、自宅環境、在宅サービスが整い当院入院後169日で自宅退院となった。FIM運動項目は59点と向上した。<BR><BR>【考察】本症例の起立性低血圧の成因として、1、受傷前からのアルコール性神経障害、2、頸髄損傷、3、受傷後の廃用症候群の3点が考えられた。1、2については、投薬管理がなされた。3については、運動療法にて症状の軽減が図れたと考える。加えて、起立・着席運動により腹圧を高める事や、末梢からの静脈還流を促す事は、急激な血圧低下を予防したと考える。また、耐久性向上による臥床しない生活パターンの獲得は、今後の在宅生活における廃用症候群の予防や、危険な姿勢変換を極力抑えることを可能にしたと考える。起立性低血圧が遷延した場合でも、自己コントロール方法を指導する事で、より安全で自立度が高い在宅生活を送る事が可能になると考える。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】一症例の報告から、起立性低血圧で苦慮する症例へのリハビリテーションの検討材料になることを期待する。
収録刊行物
-
- 理学療法学Supplement
-
理学療法学Supplement 2009 (0), B4P2112-B4P2112, 2010
公益社団法人 日本理学療法士協会
- Tweet
詳細情報 詳細情報について
-
- CRID
- 1390001205571719168
-
- NII論文ID
- 130004582111
-
- 本文言語コード
- ja
-
- データソース種別
-
- JaLC
- CiNii Articles
-
- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可