脛骨天蓋骨折後に長期間歩行時痛が残存した一症例
説明
【目的】<BR> 脛骨天蓋骨折(pilon骨折)は、長軸方向の強力な圧迫・回旋力が脛骨天蓋部に作用し、荷重関節面の破壊に加えて重度の軟部組織損傷を伴う。そのため、足関節機能障害(特に可動域制限)や歩行時痛が残存しやすい骨折といわれている。特に重症例(Ruedi分類III型)では、解剖学的整復不良、軟骨損傷等の原因により、外傷性関節症から変形性足関節症に移行し、関節固定術等の追加手術を余儀なくされる場合も26~32%存在すると報告されている。一方、pilon骨折後に慢性的な機能障害や歩行時痛を呈した症例に対する保存療法の有効性を示した報告は極めて少ない。今回、pilon骨折後15ヶ月以上におよび歩行時痛が残存していた症例を経験した。足関節周囲軟部組織の柔軟性改善に加えて、足底挿板の併用により歩行時痛が軽減したので報告する。<BR>【方法】<BR> 症例は30歳代男性である。現病歴はトラック運転時に衝突し、救急搬送された。画像所見から左pilon骨折(Ruedi分類II型・AO分類C2型)、左足関節外側側副靭帯損傷、左下腿・膝窩部挫創と診断された。受傷翌日、観血的整復固定術、デブリドマンが施行され、術翌日より理学療法(PT)が開始された。術後15ヶ月目に担当変更となり初期評価を行った。主訴は歩行時痛であり、踵接地期(HC)に内果下方部、立脚中期(MS)から踵離地期(HO)に足関節前外側部に認めた。前者は後足部回内ストレス、後者は足関節背屈強制にて疼痛が再現された。歩行時のVisual Analogue Scale(VAS)は80mmであり、歩行距離は30m程度と制限されていた。圧痛は三角靭帯脛踵部・後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋に認めた。足関節可動域(ROM)は背屈10°底屈50°内返し20°外返し15°であった。歩行分析および歩行時フットプリントではknee-in toe-outのalignmentを呈し、HCに後足部は回外位接地から急激に回内していた。超音波画像診断装置では前距腓靭帯・踵腓靭帯に健側と比較して肥厚を認めた。足部疾患治療成績判定基準(JOA score)は33点であった。<BR> PTでは足関節前方および後方軟部組織の柔軟性改善を図りつつ、足底挿板を併用した。足底挿板はEMSOLD社製の中足骨パッドと舟状骨パッドを用い、ベース板に貼付して作製した。toe-out歩行に伴う後・中足部の回内ストレスの是正を目的にHCの踵骨の直立化を中足骨パッドにより補正し、舟状骨パッドを貼付して内側縦アーチを保持した。さらに、HC以降に続く正常な足部の荷重軌跡を誘導するため、荷重軌跡が踵外側から母趾へ向かうように踵骨外側部から立方骨にかけて中足骨パッドを貼付した。また、距骨滑車の上を脛骨下関節面が円滑に運動できることを期待して補高を10mm加えた。<BR>【説明と同意】<BR> 症例に対して本発表の主旨を説明し、発表の同意を得た。<BR>【結果】<BR> 術後18ヶ月目にROMは背屈15°底屈55°、300m程度の歩行距離においてVASは0mmとなった。長距離歩行後にはVAS10mmの足関節前外側部痛が残存した。JOA scoreは77点、Burwellによる臨床学的評価基準では客観的・主観的評価ともにgoodとなった。<BR>【考察】<BR> 本症例は脛骨天蓋部に強力な軸圧外力が作用し、関節面の破壊に加えて足関節外側側副靭帯等の損傷を伴っていた。初期評価時には、受傷または手術侵襲による損傷軟部組織の修復過程に伴う足関節前方および後方軟部組織の癒着・瘢痕化ならびに短縮が認められていた。そのため、本症例の歩行時痛の病態として、解剖学的整復や軟骨損傷の問題だけでなく、足関節周囲軟部組織の滑走性と伸張性の破綻による距腿関節および距骨下関節における運動軌跡の異常が考えられた。つまり、足関節後方軟部組織の拘縮が距骨の回転中心を後方に移動させ、その状態で背屈運動が強要されることで距腿関節において距骨滑車の前外側と足関節前外側部の瘢痕組織とのインピンジメントを生じ、MSからHOの足関節前外側部痛を引き起こしていると考えた。また、足関節前外側および後外側・後内側軟部組織の拘縮がある中で、背屈時の疼痛を回避するためのtoe outでの荷重による後足部回内ストレスの繰り返しが、三角靭帯脛踵部の弛緩性を生じさせていた。この距骨下関節の緩さが後足部の回内不安定性をさらに助長し、HCの内果下方部痛を誘発していると考えた。運動療法により足関節周囲軟部組織の柔軟性を改善し、足底挿板により歩行時の足部の荷重軌跡を是正したことが、距腿関節および距骨下関節の運動軌跡を正常に導き、機械的なストレスが減少したため歩行時痛が軽減したと考えられた。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 足関節外傷後に慢性的な歩行時痛を呈した症例においても、病態に応じた運動療法や足底挿板療法は保存療法として有効であることが示唆された。
収録刊行物
-
- 理学療法学Supplement
-
理学療法学Supplement 2010 (0), CbPI1287-CbPI1287, 2011
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
- Tweet
詳細情報 詳細情報について
-
- CRID
- 1390001205571781632
-
- NII論文ID
- 130005017123
-
- 本文言語コード
- ja
-
- データソース種別
-
- JaLC
- CiNii Articles
-
- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可