立位前屈運動時の胸腰椎・骨盤・股関節の運動におけるハムストリング伸張性の影響

説明

【はじめに、目的】腰痛症は90 〜95%が非観血的治療を主体とし,その中で理学療法は大きな役割を担っている.腰痛症患者の体幹機能評価の一つである立位前屈運動では,指床間距離による体幹柔軟性の評価に加えて運動に関わる各部位の機能を推察することができる.これまでにもハムストリング伸張性低下が立位前屈運動時の股関節屈曲運動を制限し代償的な腰部の過剰運動を引き起こすことは報告されており,それが腰痛の原因の一つと考えられている.ハムストリング伸張性の異なる対象により立位前屈運動時の胸椎を含めた脊椎や骨盤前後移動の運動分析を比較することは,腰痛の原因を明らかにする上で重要である.そこで本研究の目的は,ハムストリング伸張性の違いが立位前屈運動時の胸椎・腰椎・骨盤・股関節の運動に与える影響について明らかにすることである.【方法】健常成人男性17 名を対象とし,SLR≦65°のハムストリング短縮群9 名とSLR>65°の非短縮群8 名に分類した.運動課題は静止立位から体幹最大前屈位までの立位前屈運動とし,運動開始から終了までが96 拍/分のメトロノームのリズムで4 拍となるよう一定速度で行った.運動中は足部の位置を変えず膝関節伸展位を保ち,床の足尖部に位置するマーカーを注視するよう指示した.なお被験者は30cm台上にて課題を行い,床面に指先が接地する者はいなかった.三次元動作分析装置VICON MX(Vicon Motion Systems社)により三次元座標化を行い,Frame DIAS IV(DKH社)を用いて上・中・下部胸椎角,胸腰椎移行部角,腰椎角,骨盤傾斜角,股関節角,骨盤前後位置を算出した.得られたデータから静止立位・最大前屈位の各関節角度,運動時の関節可動域および角度変化のグラフによる運動パターンを求めた.計測は5 回行い,そのうちランダムに抽出した3 回の平均値を解析に用いた.各項目における群間の差の検定には等分散性の検定をF検定にて行った後,対応のないt検定もしくはWelchの検定を有意水準5%未満で行った.【倫理的配慮、説明と同意】被験者には本研究の目的及び内容を十分に説明し,書面にて同意を得た.なお,本研究は金沢大学医学倫理委員会の承認を得て実施した.【結果】短縮群は非短縮群に比べSLRおよび指床間距離で有意に低値を示した(p<0.01).最大前屈時,骨盤傾斜角は短縮群25.1 ± 8.8°に対し非短縮群40.0 ± 9.2°(p<0.01),股関節角は短縮群51.7 ± 5.7°に対し非短縮群63.2 ± 11.5°(p<0.05)と短縮群が有意に低値を示した.関節可動域も骨盤傾斜において短縮群46.0 ± 8.1°に対し非短縮群61.1 ± 8.9°(p<0.01),股関節において短縮群50.8 ± 6.8°に対し非短縮群64.2 ± 9.5°(p<0.01)と短縮群が有意に低値を示した.胸椎,胸腰椎移行部,腰椎の関節角度と可動域に有意な差はなく,特に胸腰椎移行部と腰椎の最大前屈位の角度および可動域は両群で同程度の値を示した.各項目の運動パターンでは,上・中・下部胸椎はわずかな角度変化量の違いはあるものの群間で大きな差はなかった.胸腰椎移行部と腰椎では両群の角度変化のグラフがほぼ一致し,短縮群と非短縮群は同一の運動パターンであることが示された.骨盤前後位置は短縮群の方が後方への移動が大きく前屈運動終末での前方移動は小さかったが,群間に有意な差は見られなかった.【考察】立位前屈運動時の骨盤傾斜および股関節の運動がハムストリング伸張性の低下により制限された.これはRichardらの報告とも一致し,ハムストリングの筋の走行からも明らかである.一方で,最大前屈位を条件とした場合,胸腰椎移行部と腰椎ではハムストリング伸張性の違いによる影響はなく同程度動くことが示唆された.また,指床間距離は有意に低く,短縮群の骨盤位置が前屈運動を通して非短縮群より後方偏位していたことから,短縮群の上半身重心はより前方位であると考えられる.そのため腰部にはより大きな屈曲モーメントが働き,これに抗するため脊柱起立筋などの体幹伸展筋への負荷が増大している可能性があり,最大前屈位をとる場合,ハムストリングの短縮は胸腰椎移行部や腰椎の動きよりも脊柱の伸筋に対する影響の方が大きいことが示唆された.今回,筋伸張性の違いが最も運動に影響すると思われる前屈最終域までを課題としたが,今後は両群とも同じ運動範囲を条件として各部位の可動域や運動パターンを比較検討する必要があると思われる.【理学療法学研究としての意義】ハムストリング短縮を伴う腰痛症患者の立位前屈運動を評価する際,胸腰椎移行部や腰椎の代償的な過剰運動よりも,骨盤の傾斜や前後移動,股関節の運動制限から考えられる腰部への影響を推察することが重要である.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48100620-48100620, 2013

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205572000896
  • NII論文ID
    130004585088
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48100620.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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