高齢者における座位での体幹の素早い側方反復運動と移動能力との関連
書誌事項
- タイトル別名
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- ─Seated side tapping test の力学的分析から─
説明
【目的】 高齢者の歩行速度はADL能力や転倒発生率,生活自立度,さらに生命予後等との関連について長年にわたって研究報告がなされ,その関連性が認められており,ADL低下や転倒リスクを予測する有用な指標とされている。しかし,高機能高齢者の状態を反映する鋭敏さには乏しく,また歩行不安定者にとって立位で実施するテストは潜在的に転倒リスクを内包している。我々はより安全で簡便に省スペースで行え,高齢者の運動機能の微細な差異を鋭敏に検出できる検査方法を開発することを目的に,歩行時の体幹運動特性に着目し,Seated Side Tapping test(以下,SST)を考案し前回の本学術大会で報告した。本研究ではSSTにおける体幹の側方反復運動時の床反力応答と移動能力との関連について検証することを目的とした。【方法】 我々が地域在住の高齢者の健康増進に資することを目的に開催している身体機能測定会(自分の身体を測定する会)への今年度の参加者を対象に,身体機能測定と自記式アンケートによる調査を実施した。本研究で使用した測定項目は身長,体重,移動能力として5m最速歩行速度(以下,歩行速度),Timed Up & Goテスト(以下,TUG),側方リーチ距離(以下,側方リーチ)およびSSTとした。歩行速度とTUGはストップウォッチを用いて2回計測し,最速値を解析に用いた。側方リーチは高さ40cmの台上に椅座位となり,一側上肢を側方に水平挙上した状態を開始肢位とし,中指尖端を体幹側屈によってできるだけ遠くまで届かせ,再び開始肢位に戻るよう指示した。測定中,対側上肢は座面や体幹に触れないように下垂させ,最大水平到達距離を2回測定し,最大値を解析に用いた。SSTの測定条件は前回の本学術大会にて報告した方法(椅座位にて両側方に設置した円形スイッチを左右交互に10回タップするのに要する時間を計測する)と同様とし,床反力計上で3回測定した。SST時の殿部および右足部の床反力をサンプリング周波数200Hzで記録し,右タップ時の運動を解析対象とした。床反力は右タップ5回のうち,第2回目から第5回目の側方分力積分値を体重で除して標準化し,さらに各回のタップに要した時間で除して平均値を求め,1回のタップで発生した平均フォースとして算出し代表値とした(以下,殿部をmRF-hip,殿部+足部をmRF-netとする)。なお,床反力分析は2回目の試行について行い,左方を正とした。統計解析はJMP9を用いてPearsonの積率相関係数を算出し,有意確率は5%未満とした。【説明と同意】 本学研究倫理委員会の承認を経た後、全ての対象者に本測定会の内容および測定データの使用目的について口頭ならびに文書を用いて十分な説明を行い、書面による任意の同意を得た。【結果】 今年度の測定会に参加した147名(男性39名,女性108名)のうち,65歳未満の15名と,床反力計測を完遂できなかった3名を除いた129名(男33名,女96名)を最終的な解析対象とした。対象の属性の平均値および標準偏差は,年齢74.1±5.7歳,身長154.3±7.9cm,体重52.0±8.9kg,BMI 21.8±2.8であった。身体機能測定の結果は同様に歩行速度2.7±0.5秒,TUG 7.4±1.4秒,側方リーチ29.1±4.6cm,SST時のmRF-hipは217.2±61.6 N/kg/sec,mRF-netは250.6±78.3 N/kg/secであった。身体機能と床反力の関係は,歩行速度とmRF-hip(r=-0.35,p<0.01),mRF-net(r=-0.50,p<0.01),TUGとmRF-hip(r=-0.38,p<0.01),mRF-net(r=-0.57,p<0.01)に負の相関が見られた。側方リーチはmRF-hipとの間に有意な相関は見られず,mRF-net(r=0.21,p<0.05)とのみごく弱い相関を認めた。【考察】 SSTは側方に移動しつつある体幹を減速し,タップと同時に正反対の方向へと加速する一連の切り返し動作を素早く反復する運動課題であり,この際の殿部および足部の床反力側方成分が大きいほど,歩行速度やTUGが速いことが明らかとなった。体幹を側屈して戻す動作を素早く反復するためには,側方に移動した体幹重心を受け止めて押し戻す力をいかに短時間で発揮するかが重要である。本研究で測定した床反力側方成分は,単位時間あたりに生じる側方への力の大きさを示しており,体幹の敏捷性を反映する一つの指標と考えられる。また,側方リーチと床反力との相関が弱いことから,座位で体幹を側方へ大きく動かす能力と,素早く反復する能力はあまり関連がなく,歩行やTUG等の移動能力は体幹の敏捷性と関連があることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 座位で体幹側屈を素早く反復する能力と移動能力との関連が明らかになったことは,転倒リスクの小さい座位での運動が,歩行に代表される移動能力を改善する可能性を示唆するものであり,より安全な介入手段の開発に繋がると考える。
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2011 (0), Ca0924-Ca0924, 2012
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390001205572524160
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- NII論文ID
- 130004692971
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可